たとえ勇者じゃなくても

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たとえ勇者じゃなくても 1




 間延びしたチャイムの音。待ちわびたその時間に、オレはカバンを掴んだ。

「小野瀬、帰りにコンビニ寄らねぇ?」

「わりぃ、オレ先約あるから。じゃあな」

 だらだらと呼び止められて振り返り、片手を上げて答える。
 『なんだよ付き合いわりぃな』なんて不満そうな言葉を背に教室を飛び出すと、戸を出てすぐのところに、最近知り合ったばかりの友人が待っていた。その姿に向かって破顔する。

「新宮、早過ぎ。なんでもう待ってんだよ」

「そうかな? で、今日はどうする?」

 ちょっと困ったような顔をして、彼は鼻の頭を掻きながら言うと歩き出す。その後ろを追いかけて、オレは当然っとばかりにその隣を歩いた。

「決まってんじゃん……で、どっちの家に行く?」

「どっちでもいいけど。近いし、小野瀬の家は?」

「じゃあ、決定なっ」

 ウキウキとした気持ちを押さえられず、オレは足を速めた。そんなオレを見て、新宮はくすっと楽しそうに笑う。

「本当に好きなんだな。ゲーム」

「ああ、ったりまえだろ。あの世界じゃ、オレは何にでもなれるんだからさ」

 なんてことない、いつもと変わりのない会話。オレたちはお互いにそんな話ができるのが嬉しくて、すごく楽しくて笑っていた。
 あの世界ってのはネット上に存在するゲームの世界のことだ。
 小さい頃からゲームは大好きだった。音ゲー、格闘、RPG。最初はそういうものから始めて、それを通じて友達も出来た。同じ中学の友人に誘われて始めたオンラインゲームってものに目覚めたのがここ半年くらいで。まだまだ未熟なオレは、その世界が持つ魅力にどっぷりと浸かっていて。そんな時、オフ会ってものを知った。
 オフ会ってのは、同じゲームを通じて知り合った仲間と現実世界で交流することだ。
 調べるとそれは日本のあらゆる各地で開かれているらしい。個人でやっているモノから公式なものまで。希薄な関係しか築けないと思っていた世界は、意外にそうでもないのかも知れない。そう思うとすごく興奮して、日頃一緒に冒険をしている人たちに会ってみたいと思った。
 しかも偶然に、そう遠くない場所で大きめのオフ会が開催されるらしい。そんな話を聞いて、居ても立ってもいられずオレは参加の名乗りを上げた。
 それが先月の終わり。


「もしかして、君。5組の小野瀬?」

 ざわざわした店内。今日はオフ会で貸切になっている。そう話に聞いていたオレは受付を終えると、緊張でキョロキョロと辺りを見渡していた。
 同じくらいの年齢のヤツもいるけれど、圧倒的に社会人や大学生風の人が多い。しかも男女入り乱れて、誰が誰なのかさっぱり分からないし声を掛けていいのかもわからなかった。はっきり言って、勢いに任せて来たのはいいものの、どうしていいのか困り切っていた。
 声を掛けられたのは、まさしくそんな時だった。

「えっ? はっ……はいぃっ?」

 声が裏返るほどに驚いて、その声の主を見る。
 本名なんてこんなところでは誰も知らないはずだった。受付でもハンドルネーム(HN)を記入したし、ましてや初めてくるオフ会。知り合いがいるわけない。

「ふふっ……僕。わからないかな? 2組の新宮」

「えっ……て、……え?」

 混乱で言われたことがあまり理解できなかった。
 2組……新宮……。
 記憶になくて、懸命に考える。

「同じ学校に通ってる。去年は体育が一緒だったけど、……覚えてないよね」

「ごめっ……オレ」

 苦笑している彼から聞かされても、やっぱり思い出せない。
 去年ってことは1年の時。体育は2クラスで合同だから、その時彼はもう一つのクラスにいたって事だ。……喉まで出かかっているような、でも出てこない。オレのそんな葛藤は新宮にも伝わったみたいだった。

「いいよ、ムリに思い出さなくても。僕、あんまり目立たないし」

「や、……ホントごめん」

「そんなに謝られると……なんだか本気でショックだなぁ」

「うっ……、だから。そのっ」

 またごめんと謝りそうになって、オレは口を押えた。
 それを見て、新宮はあははっと楽しそうな声を立てて笑う。オレは顔中真っ赤になって、恥ずかしくて堪らなかった。

「良かった、新宮がいてくれて。実のところ1人でどうしようかって困ってたんだ。こういうのくるの初めてだし。勝手もわからないしさ」

 適当なところに座って、ソフトドリンクを片手に話す。ほとんど話したこともない相手だけど、向こうはこっちを知っているようだし。何より同い年で同じ学校に通っているとわかってからは急激な親近感がわいた。しかもここに居るってことは、同じゲームにハマってるという事だ。気が合う、ってだけじゃない。

「そうなんだ。じゃあ僕と同じだね」

「そ、……そうなのか?」

 やけに落ち着いてるように見えていたから、てっきり何度かこういうのに参加したことがあるんだと思ってた。

「うん。知ってる顔がないか探してたら小野瀬が見えて。すごく安心しちゃった」

 屈託のない笑顔に、オレの胸が熱くなる。
 嬉しいなんてもんじゃない。こいつとならいい友達になれるような気がして。そんなのを感じるのは久しかった。

「新宮、……オレ」

 話しかけようとした時だった。一際大きな声がして、呼びかけているのが聞こえた。それまで好き放題に話しをしていた口を閉ざし、みんながそちらへと集中する。ざわついていた会場は少しずつ静かになっていった。

「えー、今日この場に集まってくれた皆さん。ここに居るのはゲーム内だけの知り合いで、でもリアルでは見知らぬ者同士ばかりかと思います。今回の出会いを機会に、互いをより多く知ることで、より円滑で楽しいゲーム生活ができるようになる。そのお手伝いができればと開催させていただきました……」

 話しているのはどうやら今回の主催者らしい。言葉に耳を傾け、うんうんと頷く。
 ゲーム内じゃ、中のヒトがどんななのかわからない。男なのか女なのか。若いのかそうでないのか。それを知る、滅多にないチャンスなんだ。
 話が終わり、乾杯が行われる。オレは新宮とグラスを合わせ、周りを見た。
 もしかすると、あの子も来てるかも知れない。そんな淡い期待を抱いていた。






 今日から新作を投下します
 なにぶん勉強不足なので、
 ここ変だよ・・・
 などと言うカ所が(多々)あるやもしれません (-_-;)
 大目に見てやっていただけると嬉しいです

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たとえ勇者じゃなくても 2

 日頃、ゲーム内では主に中学の頃の友人2人と一緒だった。彼らとはそれぞれ別々の高校に進学したけれど、卒業してからも連絡を取り合っている。けれどそれは気が合うからって理由だけではなく、『互いの利害が一致するから』なんていう打算的なものを含んでいる。2人がオレをこのゲームに誘ったのも、数が多い方が楽しいからって理由もあるが、どちらかというと必要なスキルを持ったキャラが身近に欲しかったってのが本心みたいだ。
 一定のレベルまで育ったキャラはジョブっていうものを持てるようになる。オレたちは3人それぞれでレベルを上げ、最初の転職をしてから集まることにしていた。約束の時、待ち合わせの場所に来たのは、剣士のオレと商人そしてシーフ。元々始めた目的も、好みも異なるオレたちが、3人3様の職業を選択するのは始める前からわかっていた。
 そんな話をオレは新宮にしていた。彼は楽しそうににこにこと笑顔で聞いてくれるから、なんだか一方的に自分の事ばかりを話してしまう。

「いいなぁ、中学の友達も一緒にやってるんだ」

「へへ……そうかな?」

 羨ましそうに言われて、なんだかむず痒い。

「今日は? その友達とは来てないんだ?」

「ああ……」

 そうなのだ。オレは新宮の言葉であいつらのことを思い出した。
 オフ会があるから参加してみないか? 当然乗り気になってくれると思ってそう誘ったのに、あいつらときたら、面倒だの興味ないだのと行きたくない理由をつけて、あっさりと断られてしまった。

「あいつらにそういうのは期待してない」

 表面的に強がって新宮にはそう答えてみたものの、本心では面白くなかった。
 けれど強要してまで一緒に行動したいわけじゃないし、あいつらにはあいつらのやりたいことが他にあるのもわかっている。
 気分を紛らわすために飲み物を啜る。グラスの底をついたそれは、ズズッと音を立てた。

「おかわりしてくる。新宮は?」

「あ、うん。じゃあ僕も」

 ガタンと椅子から立ち上がろうとするのを見て、オレはそれを制止した。 

「何がイイ? 取ってきてやるよ」

「えっ、でも」

「席。せっかく確保したから取られたくない」

 ああ、と納得して、新宮は座りなおす。
 会場内は立ったままで会話している人も多く、席を探している人の姿ももちらほらと見かける。偶然にも2人分の席が確保できたオレたちは、結構ラッキーな方なのだ。だからドリンクを取りに行っている間に、その席を誰かに獲られるなんてことも充分あり得るからそれだけは避けたい。

「じゃあオレンジジュースで」

「ん、了解。あ、でもちょっと時間かかるかも。ごめんな」

 断りを入れて席を離れる。
 新宮はポケットからスマホを取りだし、何かをし始めた。どうやらそれで時間つぶしをするらしい。
 入口の近くにはまだ受付の人がいて、遅れて到着した人を迎えていた。会場内には2.30人の人がいて、その中から1人1人に名前を聞いて尋ね歩くなんて非効率だし、警戒されてしまうのは目に見えている。そんなことをしなくても、ここに来ればわかるはずだと思った。

「すみません……今日参加してる人の中に『カナデ』って人は来てますか?」

 受付の人に尋ねる。じっと穴が開くほどに見つめていると、その人は困ったような顔をして、そしてしばらく悩んだ末にノートをぱらぱらと捲って答えてくれた。

「来てるかどうかってだけなら……来てるみたいだよ。どの人ってのはわからないけどね」

「ほっ、本当ですか?」

 聞いた瞬間、会場を見た。
 来てる。それが確かに自分が探している本人かどうかわからないけれど……。 
 胸がドキドキする。あの子、本当に来てくれたんだ。そう思うと嬉しかった。

 中学の友人とパーティーを組むのは当然の成り行きで、問題は援護と回復系要員だった。どういう訳が3人とも攻撃系に特化していて、そういう役割の人材がいないのが当初は悩みの種だった。
 仲間を募集して、数名が名乗りを上げてくれた中にその子は居た。
 『カナデ』という女性キャラを扱うその子は、回復に特化していて。普段は無口で控えめだけど、戦闘時は大いにオレたちのサポートをしてくれる貴重な人材だった。
 しかも利用している時間が同じなのか、イン率がよくて。一緒に行動することが多い。
 そんな彼女に、ダメ元で声を掛けたのだ。このオフ会に参加しないかって……。
 すると彼女は少し時間を空けて、『考えとく』と短く答えてくれた。行くとも行かないともわからない、曖昧な返答だったのに。それだけでオレの気持ちは高まって。このオフ会に対する期待が一層大きくなっていた。

 グラスを2つ手にして、オレはご機嫌で席に戻った。
 鼻歌交じりのオレに、新宮は不思議そうな顔をしている。

「なに、良い事でもあった?」

「ぃや、なんでもないよ」

 彼の前に頼まれていたオレンジジュースを置く。
 自分の中の『カナデ』は、少しボーイッシュな女の子で、しかも自分たちと同年代じゃないかと勝手に予想していた。だからそれに該当するのは……。会場内にいるそれらしい人を目で追っては探してしまう。

「人探し? さっき受付に行ってたみたいだけど、会いたい人がいるの?」

「えっ、……てか、その……」

「小野瀬って、わかりやすいよね」

 すっかり新宮にはバレてるみたいだ。
 隠し事ができないタイプだ。とは、常々よく言われる。感情がすぐに顔に現れるし、それを隠そうともしてない、なんて。熱血バカと言われてるみたいでちょっと癪に障る。

「あ、でもオレはその……女の子との出会い目的で来たって訳じゃなくて」

「へぇ、……そうなんだ。相手は女の子か」

 どんどん墓穴を掘ってしまう。
 新宮はオレのことをからかうようにして言うと、で、どんな子だよ。と興味津々で尋ねてきた。仕方なく、オレは大きく息を吐くと白状する。

「受付で来てるってことは確認したけど。本当に、その人かどうかも分からないんだ」

「へぇ……。教えてくれたんだ」

 コクンと頷く。
 ここで会おうなんて、そんなきっちりとした約束をしたわけじゃない。だから互いを確認できるような目印なんかも決めてはいない。
 彼女の答えは『考えとく』それだけだったのだから。
 それを新宮に話すと、彼はふぅんとだけ答えて。そしてグラスの中をストローで回した。

「会って、どうするんだよ」

「……別に考えてないよ。ただ。……たださ。一緒にゲームをしてる子がどんな人なのか知りたかったんだ」

「へぇ……」

 カラカラと、新宮の手の中で氷が音を立てる。

「彼女、『カナデ』っていうハンドルネームなんだ。新宮は聞いたことある?」

「ん、……まあね」

「そっか。いろんな人とプレイしてるんだろうな」

「1人でやっていればそんなもんだよ」

 新宮も彼女とプレイしたことがあるってのは意外だった。思ったより狭い世界なんだなって思う。プレイ人口は国内だけでも2万人越え。にもかかわらず、こんな所に彼女と関わったのが2人も同席してる……なんて。

「ってことは、新宮も1人でやってるんだ。もしよかったらオレたちのパーティに入れよ。仲間にはオレから紹介するし」

「んー、そうだね」

 なんだかはぐらかされている感じがして、オレは新宮に目を向けた。
 さっきまでと様子が違う。その違和感の理由が知りたかった。

「小野瀬ってさ、性別を偽ってプレイしてる人ってどう思う?」

「え……、それって」

 ネカマ……なんて呼ばれてる人たちの事か?
 唐突すぎる質問にオレはその言葉を口に出来なかった。
 互いに本当の自分を知られることがないネットの中では、男なのに女の、女なのに男になりきる人が多いと聞く。それで騙した騙されたとトラブルになることも多いらしい。

「答えてよ」

「オレは別に……その。……本人の自由だと思うし」

 考えたこともなかったけれど、でもゲーム内の性別なんて選択するだけだから。当然プレイヤーである本人の自由だと思う。オレは自分のその言葉に偽りがないか、充分に考えながら答えた。

「なら……カナデがそうだとしたら、どう?」

「えっ、カナデ?」

 新宮が何を言いたいのかわからない。さっきから俯いているから表情だって見えないし。過去にカナデと関わって、何があったのか疑問がわいてくる。

「もしかして、カナデに会ったことがあるのか? 男だったとしてもオレはいい。会ってみたいってのは本気だから」

 決意を語る。もし新宮がカナデを知っているのであれば、紹介して欲しいと思った。せっかくこの場に来ているのであれば、会わずに帰れるはずがない。
 本気でそう言っているのかを確かめるように、新宮は顔を上げてオレを見た。真っ直ぐな目に見つめられて、オレの鼓動は早鐘のように打つ。

「じゃあ、教えてあげる」

 新宮の唇がゆっくりと動く。
 彼の手がグラスをテーブルに置き、まるでスローモーションの様に人差し指を向ける。

「それ、僕なんだよ」

 新宮自身に向けられた人差し指を目で追っていたオレは、その言葉を聞いた途端に頭が真っ白になっていくのを感じた。







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たとえ勇者じゃなくても 3



 あの日の出来事は、多分オレの人生の中で上位に入るほど衝撃的なものだったと思う。 
 しみじみと、自分の近くにいる新宮を眺め、はぁ──っと知らぬ間にため息をしていた。

「ん、どうかした?」

 長い吐息に気付いたらしく、新宮が雑誌から顔を上げてオレに注意を向ける。
 あの日から以降、オレたちは急接近して。それまで知らなかったとは思えないほどに親しくなった。お互いに部活もしていないから、学校が終わった後はどちらかの家に遊びに行くなんてことがほぼ日課のようになっていて、今日はオレの部屋に来ている。 

「うーん、ちょっと思い出してた」

 言うのもどうかと思ったけど、隠したところで仕方がないのはわかっている。
 オレが言いたいことを察して、新宮は『またそれか』と微妙にイヤな顔をした。

「だから……騙すつもりもなかったし。第一、出会っちゃうなんて思わないだろ?」

「わかってる……でも。本気で女の子だと、オレは思ってたんだって」

「知るか、そんなこと」

 いい加減しつこいと思われている。わかっていてもやはりショックだったんだ、引き摺っちゃうくらいに。

「ハンドルネームがカナデって……そりゃあ、カナデなんだけど」

 自分でも何が言いたいのかわからなくなってくる。
 彼がどうして女性キャラを使っているのか、その理由を聞いて納得している。まずはその『カナデ』って名前。それは……。

「だって響きが女っぽいからだって言ってるだろ? 仕方ないじゃないか本名だし」

 そう、新宮の下の名前は演奏の奏と書いて『かなで』。
 登録する際、迷いに迷った彼は本名を入力し、性別を女性にした。理由は簡単、名前を呼ばれた際、自分の事と気づかないでスルーしないため。それと、もう一つ。それは彼の性格に起因している。

「それに……コミュ症だから、男キャラでやっていく自信もなかったし」

 引っ込み思案で、あまり自分から率先して行動しない。受け身になることが多くて、比較的会話した時の言葉遣いも柔らかいから、以前男キャラを使っていた時には、オカマ扱いされたという苦い経験があるらしい。

「だから、会話をして正体がばれないように、無口で大人しくしていたんだ」

 だから……っていうけど。それが騙すってことなんじゃないのか?
 喉まで出かかった言葉を呑み込んで、オレは苦笑する。
 新宮はすっかり不貞腐れた顔をしているから、これ以上この話題を続けるのはよろしくない空気になってきている。

「それにしたって、いつまでもグチグチと。意外にしつこい性格だよね、小野瀬は」

 面白くなさそうに彼はそう言うと、パタンと音をさせて持っていた雑誌を閉じた。それを見て『あちゃーっ』と思う。この話題を持ち出して、結果新宮が不機嫌にならなかったためしがないんだ。

「ごめんっ、もう言わないから。怒るなよ」

「……信用できない」

「新宮ぅ」

 完全に拗ねてしまった。顔の前で両手を合わせ謝る。けれど腕組みをしてぷいっと顔を背けてしまった彼は簡単には許してくれそうにない。
 どうする……?
 たらりと心に汗が流れる。
 あー、オレのバカ。あの日、『カナデが男でも構わないから会いたい』なんて言ってたくせに、いつまでも自分がショックだったのを引き摺って、未練たらたらで。全然潔くない。
 反省しながら、新宮を上目使いで縋るように見る。

「ポーション」

 新宮の小さな声に、オレは「えっ?」と聞き返した。

「だから、ポーション30個。それで許してやる」

 それはゲーム内の回復系アイテムの1つだけど。それを30個……?

「ただし、またこの話題になるたびに請求するから。わかった?」

「あ、……うん。もう言わない。それで本当に勘弁してくれるのか?」

「……じゃあ、約束だからな」

 しぶしぶ、といった感じは拭えないけど、新宮は許してくれる気になったみたいだ。よかったぁとホッとするオレに、彼はそうそうと思い出したように付け足す。

「言っとくけど、一番安い奴じゃないのを30個だからね」

「え、……それって、いくらかかると思って」

 思った以上の痛い出費に、思わず不満の声を漏らしてしまう。するとすかさず冷たい視線が向けられて、

「じゃないと小野瀬は繰り返すだろ? 何のためのペナルティだと思ってんだよ?」

 なんて。ニヤリと笑いながら言った。
 まったく、なんて奴。
 彼のことを大人しいなんて思ってたら大間違いで、本当は抜け目がなくて図太い性格をしている。

「あー、楽しみだなぁ。帰った時にはきっと贈り物が届いてるはずだよね」

 催促するようにそう言うと、嬉しげに顔をほころばせた。もう出費は諦めるしかない。その代りもう絶対に彼の前でこの話は蒸し返さないでおこう、そう心に誓った。





ちょっと少ないです、ごめんなさい

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たとえ勇者じゃなくても 4



 そんな平日を6回繰り返して、ようやく訪れる日曜日。土曜の夜から朝までゲームを楽しんで、午前中はダラダラと惰眠をむさぼる。行動を開始するのは昼前ぐらいというのがいつもの流れだ。
 けれどその日は久々に、中学の頃の友人と会うってことになっていた。
 自転車で10分の比較的近くにあるファミレス。中学の頃から、そこはオレたち3人の御用達で、ダラダラと過ごすには最適なところなのだ。
 入ってすぐフロアーを見渡すと、見慣れた頭を2つ見つける。客の来店に寄ってきた店員を無言で制止すると、彼らの所へ足を進めた。

「よぉ、久しぶり」

 実際に会うのはどれくらいなんだろう。考えてみるけどすぐには思い出せない。だけど不思議と懐かしい感じがしないのは、毎日のようにゲーム内で会っているからだと思う。

「小野瀬、なんだよそのツラ。ひでぇな」

 すぐにオレの声に反応して、顔を見るなりへらへらと笑いながらそう言ってきたのは菅田だ。彼は屈託がなく明るい性格で、裏表がないから誰にでも好かれる。中学の頃から女子には人気で、しかもスポーツが得意というスペックもそれに拍車をかけている。小さい頃からサッカー少年で、高校にはスポーツ推薦枠で入学するほどの素質を持っていた。

「どうせまた朝までやっていたんだろ? まったくしょうがないヤツだな」

 呆れたような物言いの彼は斉藤。太めの黒縁眼鏡が印象的な、見るからに真面目で堅物。自分の興味がない事には一切目を向けることがなく、同級生の中では変人扱いされていた。

「放っとけ。お前たちに言われたくねぇよ」

 軽口を叩いてオレは菅田の隣に座る。
 中学の頃、オレたちに共通することと言えば同じ塾に通っていたってことくらい。しかも学力別にクラスが分かれていて、オレと菅田は同じ平凡なクラス、斉藤は特別進学校クラスだった。
 話す機会が訪れたのは偶然。塾までの時間、オレはファミレスでゲームをしながら過ごしていて。そこに菅田がやって来た。同じクラスという事もあって、オレと菅田は多少は話をする程度の仲だった。その当時の菅田はゲームにはあまり興味がない感じで、オレがやっているのをなんとなく眺めていることが多かった。
 その時のオレはゲームの攻略がなかなかできなくて、何度も挑戦してみては失敗する。それの繰り返しに、もうどう解決すればいいのかわからなくなっていた。だから何も知らない菅田に散々愚痴っていたように思う。するとその後ろの席からぬっと黒い影が立ちあがって、そしてくるりと振り向くとそいつは自分の眼鏡に指で押し当ててオレを見た。得体の知れない威圧感に気圧されるオレに向け、そいつが放った一言が『教えてやろうか?』というかなり上から目線なもので。でも藁にもすがる思いだったオレは、喜んでその申し出を受けたのだ。
 あれから、興味がなかった菅田はゲームに目覚め。そしてオレは突然現れた救世主に弟子入りを希望した。つまり、斉藤はオレの師匠ってことになるんだけど、勉強もさることながら得意なはずだったゲームに関しても未だにまったく敵わない存在なんだ。
 一体いつ勉強して、いつゲームをしているのか。オレにはその効率的なタイムスケジュールが把握できないし、真似ができるとも思えない。

「それで、今日は何だよ? 話ならゲームん中でもできるのに、直接会おうだなんてさ」

「いやぁ、やっぱり。直接会って聞いた方が良いんじゃないかって思ってさ」

 そう、オレはこの2人に呼び出されて、わざわざここに来ることになった。自分から本題に入ると菅田が意味深にニヤニヤと笑って、斉藤にも同意を求めるようにアイコンタクトを取っている。
 しかし、斉藤は素知らぬ顔をしていて、自分は関係がないといった様子だ。

「おいおい、そりゃあねぇだろ? 斉藤も気になるって言ってたじゃないか」

「お前がそう解釈しただけだ」

「ひでぇ──、裏切りだ。これは裏切り行為だよ」

 斉藤の反応に対して菅田は1人で騒いでる。何の話をしているのかわからず、オレは2人の会話を聞いていた。どうやらオレに直接会ってじゃないと出来ない話らしい。

「ワケわかんねぇ。何が言いたいのかはっきり言ってくれよ、菅田」

「だからぁ、カナデちゃんとは最近どうなのかってことだよ」

「はぁ──? カナデちゃん?」

「オフ会で会ったんだろ? あれ以来ずっと仲良いもんな」

 菅田が詮索するようにニヤニヤしている。
 そう言えば、オフ会でカナデに会ったという事を2人には話したけれど、彼女と思い込んでいたら実は男だったということは話していなかった。それは新宮から口止めされているわけではないんだけど、なんとなくそのことについては許可がいるような気がした。
 つまり、ゲーム内でオレとカナデが話しているのを見て、2人はその関係を怪しんでいるわけだ。

「まぁ、親しくなったのは確かだけど。それだけだよ」

「またまた、男女が出会って何もないってことはないっしょ? 少なくともオレたちにはそれだけなようには見えないんだけど?」

「ったく。オフ会はそういう出会いを求める場じゃねぇっての。もっとこう、大人の社交場みたいな?」

 大人ぶって否定すると、菅田はつまらなそうに『ええ──っ』と落胆の声を上げた。

「そんなに気になるんなら、お前たちも来ればよかったんだよ」

「だって……なぁ? オレは午前中は練習試合があったし」

 ぶつぶつと行けなかった理由を口にして、菅田はちょっと残念そうな顔をしている。それに対して斉藤はというと始終興味がなさそうで、でもきっと話は耳に入っているんだろう。

「知り合ったんなら当然、連絡先くらいは交換したんだろ? なぁ、だったら紹介してくれたっていいじゃないか。同じパーティなんだし」

「ああ──、まぁその内。気が向いたら聞いてみる」

「なんだよそれ。はぁ……カナデちゃんかぁ、きっとオレたちに会わせたくないくらい可愛かったんだろうな。じゃなかったらそんなに警戒しないもんな?」

 菅田の妄想の中のカナデがどんどん美化されているっぽい。
 大体、リアルで女の子にモテてる菅田が、どうしてそこまでカナデに興味があるのかオレには理解できないんだけど。

「会ったことがない女の子ってのは、いろんな妄想を掻き立てられるもんなんだよ」

 菅田はすっかり夢見がちな目になって、吐息する。
 これだけカナデのことを女だって思いこんでいるのなら、本当は男だったなんて知った時オレ以上のショックを受けてしまうんじゃないか?
 そんな危惧すら覚えるほどの心酔ぶりに、オレはこの先ずっとカナデの正体を明かさない方が良いような気がしてくる。

「あんまり期待しすぎんなよ」

 忠告のつもりで言っておく。あとになって裏切られたなんて思われたくはない。例えそれが菅田の勝手な思い込みが原因だったとしても、目の前でがっかりされるカナデのことを思うと可哀そうだ。……オレが言えた立場じゃないけれど。

 それからしばらくは、ゲームの近況などを話したり情報交換をしたりして解散した。オレたちは中学をした当時からあまり変わりはなくて、互いの生活に関することよりも共通する趣味の話しかしない。それで充分わかりあえる関係で、そこに確固たる絆を感じていた。
 ファミレスを出て駐輪場へ行く途中でポケットでスマホが振動した。取り出して確認するとそれは新宮からだった。明け方までネットで一緒にいたのに、何の用事だろうと思いながら出る。

『あ、小野瀬? 今から家に来れないかな、ちょっと助けて欲しいんだ』

「いいけど……今日って日曜だろ? 美穂さん大丈夫かよ?」

『大丈夫、今日は仕事だからいないよ』

 なら安心。ひとまずはホッとする。
 美穂さんというのは新宮の母親の事だ。彼女はまだ30代で、しかも子持ちの独身。
 初めて会った時、あまりに若いお母さんに呆然としていると、自分の事は『お姉さん』ないしは『美穂さん』と呼ぶようにと半分脅迫に近い感じで言われ、それを破ったら罰金を支払うことを約束させられている。こういう所は新宮も近いところがあるけれど、美穂さんの方がより強い感じだ。
 そんな美穂さんは看護師として近くの病院に勤めているのだが、夜勤が多く日曜日の昼間と言えばまだ熟睡中。寝起きの彼女は普通に恐ろしいが、眠りを邪魔された時はまさしく鬼となるのだ。
 
「自転車で20分」

『了解っ。特急で来いよな』

 笑いながらの声にオレは通話を切った。
 新宮の家までは電車で一駅分。学校はその中間地点に存在していて、2人とも自転車で通学している。
 放課後はほぼどちらかの家に入り浸っているオレたちを見て、最近じゃ『できてんじゃねぇの?』なんて揶揄するクラスメイトがいる。もちろんそれに対しては否定してるけど、いい加減面倒になってきている。
 でもどうしてオレとあいつがデキてるなんて噂が立つんだか……。
 もやっとした気持ちを抱えて、オレは自転車のペダルを踏む足を止めた。
 確かに、新宮は外見的には中性的な印象がある。大人しくて、話し方も柔らかくて。自分の意見を強く押してこないところなんかは、気が弱いと思われても仕方ないかもしれない。でも、それでも彼はやっぱり彼であり。オレにとっては今一番親しい友人としての位置づけでしかない。

「大体、男とデキるって……なんだよ」

 惰性に任せていた自転車のペダルをまた踏み込む。
 共学の学校に通っているのに、いくら女にモテないからって男に走る趣味はない。
 考えるのもバカバカしいことだ。単にあいつらはからかって遊んでいるだけにすぎないんだし、真面目にそれを受け取るべきじゃない。
 ふんっと鼻で笑う。そしてくだらないことに費やした時間を勿体なく思った。





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たとえ勇者じゃなくても 5




 新宮の自宅は2階建てのちょっと……というか、大分古びたアパートの一室。中に入ると玄関を入ってすぐが台所で、6畳ほどの居間と4畳半くらいの部屋が2つ。いつもなら狭い方の4畳半の部屋に美穂さんが休んでいて、襖がぴったりと閉じられて中の様子を見ることはできないようになっている。
 初めて来たときはその狭さにちょっとびっくりしたけれど、最近じゃ慣れてきたのかここの方が落ち着く。

「助けて欲しいって、何?」

 居間に入ると座布団の上にどっかりと座って、さっそく呼ばれた理由を尋ねる。
 台所に入っていた新宮が『それがさぁ……』と、ガラス同士が当たる音をカチャカチャとさせて現れた。右手にはグラスを2つと、左手にはお茶が入ったピッチャー。テーブルにそれを置くと、グラスにお茶を注いでから新宮は何かを引き寄せた。

「ちょっと行き詰っちゃっててさ。前に小野瀬がクリアーしてるって聞いたことあるから」

「ほぉ、新宮が行き詰るなんて珍しいじゃないか」

「そんなことないよ。これでも結構サイト調べまくったりして、何とかこなしてただけで。だけど今回のはお手上げ。原因が全く分からないんだ……ほら、これ。ここなんだけど」

 誰かに頼りにされるなんて滅多にない事だから、嬉しくて自然と顔がニヤついてしまう。
 スイッとオレに身体を擦り寄らせ、新宮の顔が自然と近づく。
 新宮の手元にはポータブルのゲーム機があって、小さな画面には問題の場面が映し出されていた。それを見て、あぁなんだと思う。オレと全く同じところで進めなくなっているようで、新宮が3年前の自分と重なった。それは斉藤と話をするきっかけになったゲームで、菅田もそこから興味を持ち始めたという、オレの中ではちょっと特別なタイトルだから。
 新宮も同じものをやってるってことが、超絶に嬉しくてたまらない。

「……なんだよ。もしかして、すげぇくだらないことで行き詰ってるなんて思ってる?」

「えぇ? そんなことないよぅ。ただ不思議な縁ってか……そういうのをひしひしと感じてんの」

「はぁ……? まぁ、バカにしてるわけじゃないんならいいけど」

 ニヤニヤしてばかりのオレを気味悪そうに横目に見て、どうすればいいのか早く教えろとせがまれる。

「バカになんて……そんなこと全っ然思ってないけど。オレのアドバイス料は高いぜ?」

「ええっ、まさか友達から金取る気? ……ならいい。自力でやるから」

 げっとあからさまにイヤな顔をして、新宮は拗ねたようにゲームを再開する。それを横から見ていると、口を出したくてウズウズしてくる。

「何? 言いたいことがあるんなら言ってみれば?」

 本当はオレが解決策を教えたいのを我慢しているってことを新宮は知っている。だからわざと自分はその情報に興味がないような態度をとっているんだ。
 くそぉー、どこまでも素直じゃない奴。今日こそは新宮から頭を下げて来るまで、絶対に教えてやるもんか。

「ベ、別に。言いたいことなんて全然ないし」

 こうなればお互い、意地の張り合いだった。
 見ていると気になってしまうから、オレは目を逸らすことにする。けれどゲームの音を聞いているとやっぱり気持ちはそちらに傾いて、無視できなくなる。
 必死に自分の中の欲求を堪えながら、オレはお茶の入ったグラスを手に取ると、一気にそれを飲み干した。

「新宮、ちょっと寝てもいい? 睡眠時間足りなくってさ……」

「ん。いいけど……」

 新宮はすっかりゲームに入り込んでいて、生返事が返ってくる。オレはその場にゴロンと横たわってしばらく新宮の横顔を眺めていた。何のためにここへ来たんだかわからなくなってしまった。けれど帰る気にもなれなくて、新宮の家の匂いがする座布団に顔を押し付けて目を閉じる。しばらく気になっていたゲームの音が、次第に遠くなって。すぐにオレは眠りに落ちた。


「……だから、それじゃダメなんだって」

 試行錯誤はしてるんだろうけれど、目の前で何度も繰り返される失敗に、オレは堪えることができなくなってついに口を挟んでいた。
 見れは新宮の精神力もかなり限界に達していたのか、思うようにならない苛立ちで涙目になっていて。それを見ると胸が痛くなる。
 オレが起きてからもまだ新宮はチャレンジ中で、時計を見るとすでに30分以上が経過していた。これだけやって解決しなければ、精神的にも追い込まれてダメージは相当キツイはずだ。それなのに、新宮はオレに何も言ってこなかった。どんだけプライドが高いんだよなんて思う反面、意地悪をして申し訳なかったと思う気持ちの方が強い。

「どうして言わないんだよ? 教えてくれって一言でいいのに」

「だって、言ったのに小野瀬がっ」

 完全にオレの所為にされる。
 新宮が言わんとしているのはわかる。解決法を知りたくてオレを呼んだ、その時点で彼は充分にオレに教えて欲しいという気持ちを伝えてた。なのにオレが勿体ぶって教えようとしないから、それでやせ我慢することになったんだ。
 だからって、もう一度頼んでみるとか。何かアクションがあってもいいと思うのに、新宮にはそれができない。それが彼の性格なんだ。

「ああ、もうっ。オレが悪かったですよ。だからそんな目で睨むなよ」

 恨みがましく、じわっと口惜しげに涙で滲んだ目を向けられて、オレは謝罪する。 
 彼の手元を覗き込んで、どんな状況になっているのか念のために確認した。

「報酬は期末テストの勉強。一緒にしてくれたらそれでいいから……さ」

「……んだよそれ。それくらい」

 報酬なんかにしなくてもいいのに、と新宮が小さな声で呟いた。
 オレはそれに気づかなかったように無視する。だって、今思いついた口実なんだから深い意味はない。一度アドバイス料なんてものを求めてしまっただけに、引き下がれなかった。オレにとっては辻褄が合えばそれでいいんだ。

「わかったら、ほら。ここへ来る前にいた街に戻るんだ」

「へ……? 街?」

「そう。そこでもらえるアイテム。それがないと攻略できないんだよ」

 単純なようで案外見落としがちなこと。なのにそれについてはどの攻略サイトでも触れていないんだ。多分、こういうゲームに慣れている人ほど陥りやすい罠なのかも知れない。
 
「大丈夫、オレを信じろよ。ちゃんと解決してやるから」

 胸を張って威張ると、それまで暗い顔だった新宮がようやく笑ってくれる。
 オレへの報酬なんて、本当はそれだけで充分なんだ。ゲームは楽しいものなんだから、それでイヤな気持ちになることがおかしい。
 オレのアドバイス通り、新宮はキャラクターを操り街へと戻る。そして、それから30分もしないうちに新宮は問題の場面を呆気ないくらいとんとん拍子でクリアーしてしまった。

「新宮は冬休みどう過ごすんだ?」

 あと3週間後にまで迫った長期の休み。夏休みに比べると2週間しかなくて短いけれど、それでも丸一日を学校に縛られることなく自由に過ごせるってのは魅力的だ。

「ん──、バイトかなぁ。ウチ、余裕ないしさ」

「そっか……」

 新宮の答えは至極当然で。母一人子一人の生活をしていれば、オレの様にお気楽にはなれないんだろう。しっかりと自分の現実を受け止めて考えているのを目の当たりにすると、自分より新宮の方が大人に感じてくる。

「小野瀬はあれだろ、ネット三昧?」

「そ。……この休みの間にレベル上げまくって、誰より上に近づいてやるんだ」

「あはっ……それは大した野望だ」

 可笑しそうに口元に手を当てる。自分はバイトで仕事をするっていうのに、オレが遊ぶことを宣言しても非難することもない。これが逆の立場だったら、きっとオレは新宮の事が羨ましくて妬んでいたことだろう。

「……そのためにも期末。頑張らないとなぁ」

 そう。楽しく冬休みを過ごすためにはその試練が待ち構えているんだ。
 しかも、今回の成績が悪ければ母親がどういう処置に出るかわからない。一番考えられることはPC環境の取り上げ、もしくはゲーム禁止令……。一番遠慮したいのはこの冬の予備校への入学手続きだ。普段ゲームばかりしているオレをどうにかしようと、母親が思わないはずがない。だから、今回のテストはその攻防戦なわけだ。

「ヤなこと思い出させるなよ……」

 がっくりと肩を落としたオレを、新宮は大げさすぎるよと言って笑う。
 どうしてこう親ってのは成績だけを重視するんだかわからない。この時代に人よりいい高校、大学に入ったからと言って、その先に良い就職先が待っているわけでもないのに。

「何があったのか知らないけど、テストまであともうちょっとだし。頑張ろうよ」

 慰めるようにポンポンと肩を叩かれて、新宮に顔を向ける。
 わかってくれるのは親ではなくて、やっぱり同世代の仲間だよな……。

「だなっ」

「じゃあ、明日からテスト勉強でもするとして。しばらくゲームはナシってことでいいね。わかってると思うけど、こっそり抜け駆けしてインしたら……」

 どんなことを僕が要求するかわかるよね、との無言の言葉に、オレはええ──っとすかさず不満の声を上げる。
 『ええ──』じゃない。本気で言ってるんだからね、と追い打ちを掛けられて。オレは自分の母親よりもかなり厳しい新宮の手口に、大きな吐息を吐いて諦めるしかなかった。





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