新月の暗闇に紛れて
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この世に偶然なんで無いことはわかっていた。
そう、全ては必然。
あの日、ヤツに出会い、そして全ては変わった。
いつの頃からか、不良なんて呼ばれていた。付き合う奴らが悪かったのか、毎日が面倒でとにかく反抗ばかりしていたそんなある日。
夜の街をさまよっていると怪しい二人に声をかけられた。制服姿のまだ少し幼さの残る少年と濃いグレーのスーツに長い黒のトレンチコートの長身の男。どう見たって不釣り合いなのに、絶妙なバランスの二人。
「ねぇ、新しい人生って、興味ある?」
突然、少年が言った。至極の微笑みとはこんなものかと思えるほどの美しさに思わず惚けてしまって言葉が理解しきれずに返事も出来ない。
「興味があるならこの場所においで」
そう言うと名刺のような紙切れを差し出してきた。反射的に受け取ったものの、それをどうすれば良いのか悩む。文字の羅列をただ眼で追いかけていると、もう一人の男が楽しげに見ているのに気づいた。
目を向けるとすぐさま視線がぶつかる。
眼鏡の奥の双眸が冷たい光を放ち凝視していいた。
何故か、瞬間的にヤバイ、と直感した。
今までの経験からそういった感覚は外した事が無い。
うっすらと背中にイヤな汗が流れる。
そんな俺を知ってか知らずか、少年は淡々と何か言う。たぶん、名刺に書かれた場所のことを言っているようだった。しばらくして身を翻して去って行く。数歩遅れで男もその後を追いかけて行き、俺はその後ろ姿を見つめることしかできなかった。
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その数日後、俺は少年に渡された場所を訪れた。
どこにでもありそうな雑居ビルの中にそれはあった。あの少年が言っていた新しい人生に興味があったわけではなく、ただあの二人にもう一度会ってみたくなったと言うのが本音だ。
「ここなのか?」
あとは扉を開くだけになって一人つぶやいた。
この何の変哲もない扉一枚で、今までの人生が変わるらしい。にわかには信じられないのだが、引き返すつもりもない。
どうにでもなれ…か
ドアノブに手をかけると一気に扉を開いた。
一歩中に入ると、そこは落ち着いた雰囲気のラウンジになっていた。 所々薄いカーテンで個室の様になった仕切りがあって、すわり心地のよさそうなソファーがある。全体的に暗く、間接照明などでそういったものがぼんやり浮かび上がるようだ。
日常からあまりにかけ離れたそれらを見て絶句していると、突然肩を掴まれた。
息を呑んで振り向くと、そこにあの日の男が立っていた。
「お前、何?」
「あの……これ」
手渡したのはあの日の名刺のような紙切れ。
それだけでわかってもらいたかったのだが、やっぱりムリか……。
さらに説明を付け加えようとした時、男が「ああ」とつぶやいた。
「まさかあんな言葉で本当にするとは思わなかった」
笑いを含んだその言い方にカチンときた。
やっぱり来るんじゃ無かった。
「まぁ、いい。そんな事よりここに居られると迷惑だ。場所を変えて話を聞こうか」
あくまで事務的に男はそう言うと奥を示した。
そこに入ると狭い通路にはドアが2つ見える。その奥側のドアを開くと、中に入るように促がされた。
座り心地の良さそうなソファと小さめのテーブル。その奥に重厚感の漂う書斎机がある。
男は無言でソファに座るとタバコに火をつけながら俺にも座るように手振りだけで指示して来た。
何だかこの部屋に入った瞬間に、ここへ来た事が人生の一大事になっているようで緊張する。
キョロキョロしながらドアを背にして示されたソファに座ると、なるべく視線が合わないように男の様子を伺い見た。
「それで? 人生を変えられると本気で思っているのか?」
バカにしたような言い方。やっぱり頭にくる。
「俺は……、あんたのツレに来いと言われたから来ただけなんだ」
そうだ。ただそれだけだ。別にこの先の事なんでどうだっていいと思っていた人生だ。変えられるものなら変えてみたいと思って何が悪い?
沈黙が続き、虚しくなるのを感じながら、ラチのあかない状況に席を立ち上がる。
「帰る」
「なんだ、逃げるのか?」
なんと思われていようと構わないはずだった。
でも……。言い当てられて悔しかった。
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ごめんなさいっ!
今になって、タイトルを変更しました
『新月の暗闇で踊らされて』→『新月の暗闇に紛れて』
だってぇー、しっくりこなかったんですものぉー

ではでは、続きをどうぞ
黙ったまま、手を硬く握りしめた。すごくシャクな事だけど認めるしかない。俺は今の状況が苦しくて、逃げたいんだ。
「あんまりいじめてやらないでくれる? 勝負に負けて悔しいのはわかるんだけど」
動く事すら出来なくなった俺の背後で聞き覚えのある声がした。そちらの方向を見ると、あの日の少年がいた。
部屋に入った時に扉の影になるようなそんな見えない所に立って居たようだ。最初から見て知っていたなら、もう少し早く助けてくれても……というか、何て言った?
「大体、あんな誘い文句で本当に来るとは思わんだろう?」
少し溜め息をついてから男が言った。明らかに面白いオモチャを取り上げられて残念そうな言い方だ。
「はいはい」
わかってるんでしょ? と言わんばかりに少年は手を差し出しながらクイクイと手首を上下させて催促した。
それに対して男は胸ポケットに入っていたらしい丸めた札を仕方なさそうに手渡す。満足そうに笑う少年のまだ子どもっぽくてあどけない表情とは裏腹に、その手に持ったお金が殺伐として、あまりのギャップを醸し出していて、そんなやり取りをア然として見ていた。
「悪かったね。改めて自己紹介を」
そういうと男の背後に移動して、ソファの背もたれに腕をついて寄りかかり男を指で指し示す。
「このヒト、青木 司(あおき つかさ)。この店の支配人ね。僕は高岡 裕司(たかおか ゆうじ)。この男の雇い主で、経営者だよ」
雇い主がその少年だということに驚きを感じる。だけど、今までのやり取りを見ていてその関係がすんなりと理解ができた。
「あの、俺は……」
「遠野 隼人(とおの はやと)っていうんでしょ? ここに来てくれたっていうことは、覚悟があるって考えていいんだよね?」
すっかり名前が知られていることなんて大して重要ではなかった。それくらいは簡単に調べてしまえるようなことだ。俺が知りたいのは……。
「……本当に変えられるのか?」
たぶん、この返答次第で何かが決まってしまう気がした。
慎重さを示した俺に、裕司は満足そうに微笑んだ。まるで天使のように綺麗で、悪魔のように邪悪な気がした。
「手助けはする。でも隼人次第だよ」
その言葉に真実味を感じた俺は、ただそれだけを信じて裕司との契約を交した。
そんな様子を、青木は傍観者を決め込んだように、ただ黙って冷たい視線を俺に向けているようだった。
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たった今自分がサインしたばかりの書類に目を通す裕司をチラリと盗み見る。
年齢は多分14~15くらい。本来ならこんな場所などは一番不似合いな年頃のはずなのに、それを感じさせないのは内面からにじみ出るような大人っぽさ。それらをカバーするような知的な顔。表情の一つをとっても、年相応には見えなくて正体不明だ。大体、この店にしたってまだただの子どもにしか見えない裕司が経営者だとか冗談が過ぎる。
まさか、騙されてる……とか?
「考え直すなら、今の内だぞ」
一瞬の不安を見破ったようにタイミングよく青木が声をかけてきた。
どうやらずっと観察していたらしく、その嫌味な言い方がやけに感情を逆撫でた。
「別に、考え直すことなんて」
心が揺れたのを気づかせないように目一杯虚勢を張ってみた。それでもその冷たい視線は俺を突き刺すようで、本心すら見透かされているような錯覚さえする。
「じゃぁ、契約も済んだという事で」
トントンとテーブルで書類をまとめた裕司が、一触即発に緊張し始めた空気を壊した。
「僕が隼人に求めることは一つだけだよ」
静かに、でもそれだけにもかかわらず空気がピンと張りつめたように緊張する。
誰もが息を止めるようなその独特な感じは、一体なんと表現すればいいのだろう。
「僕に絶対的な服従を示してくれればいい」
別に力を振りかざし威圧しているわけでも無理に強いられているわけでもないのに、何故か胸に刻み込まれるような裕司の言葉。
「絶対的な、服従……」
「そう」
言葉尻を繰り返す俺に、裕司は具体的な何かを示すわけでもなく肯定した。
「まずは簡単なところから始めようか?」
立つように促された俺は素直に裕司の後ろに付き従った。
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店を出た裕司がまず向かった先は美容室だった。何か言うよりも先に椅子に座らされて、裕司は担当の美容師に注文を付けていた。
確かに最近じゃ美容室にも行かなくなって、気になるところを自分なりに調整していたから、見栄えも悪いしまとまりも悪い。
大体、こういった場所が持つお洒落な雰囲気が苦手なんだ。どこか気取っていて、俺みたいなのは相手にされない気がして。
鏡に映る自分を見てこっそりとため息をつく。
小さかった頃に憧れていた17歳はもっと大人で男っぽい印象だった。身長も筋肉も鍛えればどうにかなるかもと思った時期もあった。でも、もって生まれたものは変えようがない。どちらかというと女性っぽい顔立ちと日に焼けても赤くなる程度の白い肌。鍛えてもつかない筋肉。
憧れていた理想とは真逆の自分の全身が正面に映っていた。
1時間もすると美容師から解放される。
ずっと待っていたらしい裕司と再会すると仕上がりに満足そうな顔をした。
「やっぱり、見た目って大事だよね」
満面の笑みで裕司がそういう。少しは我慢した甲斐もあったかななんて自惚れてしまいそうだ。
「せっかく綺麗な顔をしてるんだから、出したほうが良いよ。隠すのは不自然だしもったいないでしょ?」
「綺麗とか……ワケわかんないし」
正面切って言われると恥ずかしくて赤くなるのがわかる。男相手にそういう表現はどうかと思う。しかも『もったいない』とか、今までそれで得をした経験もないのに。
「あとは環境……だね。転校とか、しちゃう?」
突拍子もなく裕司が悪戯っぽく言った。
急に言って出来る訳がない。普通ならそう思えるのに、なんだか裕司は普通とか常識からかけ離れた存在で何でも出来てしまいそうな気がする。
「裕司に任せる」
勿論裕司の提案に身を任せることにした。変化することを望んだのは自分だ。今、こんなことで拒否していたら多分この先も拒否し続けることになってしまう。それでは目的が達成できなくなってしまう。
「ん、じゃあ手続きさせておく。後のことはすべて僕に任せてくれるよね?」
最終確認のように裕司が念を押す。中途半端な意思などを聞いてるわけじゃなく、本気かどうかを聞いてるんだと気付いた。
「俺は自分を変えたいんだ。だから、頼む」
真摯な態度で一言一言を大切に答えた。
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