はじめるまえに……
思った以上に今回は
正木さんが可愛いです
久市さんよりも年下だから
ちょっとは年下めいたところも見せなきゃね?
さてさて、それでは
続きをどうぞっ (≧▽≦)ゞ
店内は間接照明の明かりのみで薄暗く、テーブルや椅子に至るまで殆どのものが黒でまとめられて、しっとりとした大人な空間を演出している。
案内された席は店側が一番いいという通り、他の客とも離れていて落ち着いた静かな場所だった。注文はボタンを押してスタッフを呼び出すシステムなので、必要以上に彼らが席を訪れることもない。
「離れ小島……みたいですよね?」
そんな風に言い表しても納得できてしまうほど、カップルには調度いい感じに個室のようになっていた。
さすがの正木もこれには計算外だったようで、人づてに聞いただけだったのか少し困ったような顔をしていた。ちょっとした行き違いがあったのかと思うと、それを見るのも楽しい。
「まぁ、オレは気にしないけど」
正木にこの席のことを教えた人物は、おそらく正木が意中の人を連れていくと思いこんでいたのだろう。そんな背景が見えるようで、一体どんな風に聞き出したんだろうなんて余計な詮索をしたくなる。けれど、正木をフォローする方が良いような気がした。
「ココを紹介してくれた人は何がお勧めだって言ってたんだ?」
近くにあったメニューを手に取り、正木にも見えるようにかざして尋ねた。
気を取り直すようにオレからメニューを取り上げると、彼はスタッフを呼び出すボタンを押した。
料理に関する注文はすべて正木に任せて、オレは自分が呑みたいものを選ぶ。地酒が置いてることを特徴としているから、呑むなら聞きなれたものじゃない方が良い。店のレビューなどを参考にしながら、ようやく候補を絞れたあたりでスタッフが席を訪れた。
日本酒は綺麗な切子グラスに注がれて運ばれてきた。
濃い青のグラスと鮮明な赤のグラス。それをオレと正木の間に置く。透明感のあるすっきりとした香りの日本酒と、もう一つは樽酒らしくほんの少し黄味がかった色をしていて木の香りがわずかに鼻腔をくすぐった。
「ではまずは、乾杯としましょう」
意気揚々と正木はグラスを手にする。
合わせてオレも手に持つと軽く互いのグラスを重ねた。
「乾杯って、でも何に?」
「そんなの……」
グラスを口元に運びながら尋ねてみる。
一瞬正木は考えるそぶりを見せて、それから。
「交流会、なんてどうです? 俺と、正木さんの」
嬉しそうにそんなことを言うものだから、つられて笑う。
「じゃあ、第1回目の交流会に……」
軽く手を上に上げて乾杯するような素振りを見せると、同じように返される。
一口目の日本酒は美味すぎて言葉にもならず、身体に染みわたっていくようだった。
そこへ運ばれてきたのは見た目にも新鮮そうな刺身の盛り合わせ。
薄く切られているのは恐らく太刀魚で、口に運ぶとコリコリとした食感が堪らない。
「確かに……、新鮮で美味しいね」
旨い物を食べることで頬が上がってしまうのを感じながら、感嘆の思いを正木に伝えずにいられない。こんなお店が職場の近くにあるなんて知らなかった。
それから後は美味しい料理と酒を堪能して時間は飛ぶように過ぎた。こんな風に過ごすのはいつ以来なんだろうなんて、少し懐かしく思い出しながら、正木の話に耳を傾ける。
あの時会話の内容が飛んだのと同じように、彼の会話のリズムと声のトーンが心地よく感じられて、知らず知らず引き込まれてしまう。
彼と話すたびに、正木に対する意識は変化して、単純にイラつく存在から一緒に食事をできるほどの相手に格上げされている。
正木が宣言し予告していた通り、オレが彼に慣れさせられたことに気が付いたのは、食事を終えて帰途につく頃になってからだった。
それでもそんなに悪い気がしないのは、以前に比べて正木のことを少しだけ分かったつもりになっているからだと思う。
同じ方向の電車に乗り、隣に座っている彼をこっそりと見る。
普段からあまり飲みなれない日本酒で、強いと豪語していた割にノックアウトされそうになっている正木は、見るからに眠たそうな眼をしていた。
「1人でもちゃんと自分の駅で降りるんだぞ、正木」
「反則ですよ……、久市さん。そんなに強いなんて知らなかったです」
「年の功って奴だよ、正木」
グズつく正木に優しく笑って返答する。そんなオレをポカンと見て、それから自分の不甲斐なさを恨むように彼は大きな吐息をつく。
「やっぱり、それは反則です……」
小さく呟く正木の声がした。
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