両脇を挟まれるようにして公園から連れ出される。
何度も逃げ出す隙を窺っては掴まれている腕を振り解こうとしてみたけれど、その甲斐もなく軽くあしらわれていなされた。
「諦めなよ、ありすちゃん。この間みたいに」
嘲るようにニヤニヤと笑いながら、しぶとく抵抗を試みているオレに言った。
「だっ……れが、お前なんかに」
まだ、逃げるチャンスがあるなら絶対に諦めるつもりなんてなかった。
それに、あの時と今じゃ全然状況が違う。薬さえ使われていなければ、あの時だってオレは……。
「その威勢も、いつまで持つのかな」
歩みを止め、睨み付けているオレの顎を片手で掴み上げると、引き上げるように自身へと引き寄せた。
首を絞められるような痛みと苦しみに抵抗する力は失って、手も足も出せないのが堪らなく悔しくて、目に涙が浮かんだ。
どうすればこの状況から逃げ出せるだろう……?
そればかりを考えるのに、いい手段は1つも浮かんでこない。
力づくで振り切るのは、どうやら無理そうだ……。
そう思った時、背後から何かが勢いをつけてぶつかってきて、その反動で身体が解放される。
「ありすちゃん、逃げてっ!!」
それは、祐樹の声だった。
どうやら全力でタックルを仕掛けたらしい。あまりに突然の不意打ちに、連中はオレを解放してしまったようだ。
今度は祐樹に腕を掴まれて引っ張られ、走り出す。
彼らからできるだけ早く距離を取るために、出来る限り全速力だった。
狭い路地裏に入って、建物を縫うように走り抜ける。
どこをどう移動しているのかわからず、ただ手を引っ張られるままついて行く。
どうして、祐樹が……?
自分より一回りほど小さい背中を前に見ながら、彼が現れた理由を考えていた。
価値ある情報を手に入れる為だけに築き上げた空疎な関係なら、自分の身を危険に晒してまで来る必要などないのに。
「ありすちゃん。無事で、良かった」
連中をやり過ごすために、人が1人ようやく通れるくらいの狭い隙間に身を隠し、息を殺す。追いかけてくる足音や声が聞こえなくなると、一安心したように息を整えながら祐樹は言った。
「どうしてこんな危険なことするんだ? そんなの、おかしいだろう」
オレを助けに飛び出してくるなんて、デメリットの方が大きすぎる。
大体、一緒に捕まっていたらどうするつもりだったんだろう?
「ごめん、でも身体が勝手に動いてたんだ」
「そんなの……」
「それに、守りたいって言ったのは、嘘なんかじゃないから」
あの日の翌朝。微妙に恐れを抱きながらも『守る』と言ってくれた言葉を思い出す。でもあれは、ただの口約束だったはずじゃないか。それなのに……?
祐樹の目にはしっかりとした自分の意思を感じ取れて、言っていることが出まかせなんかじゃないことが伝わってくる。
「祐……樹」
「この話はまた後にしよう、今は逃げなきゃ」
注意深く周囲を見渡して、祐樹は一歩足を踏み出す。その後ろに続き祐樹の後ろを追いかけるけど、オレに聞こえている音があった。
自分たち以外の足音がいくつか、つかず離れず追いかけてきている。
でも、あともう少しで人通りの多い所へ出るような気がしていた。それまで、祐樹を送り届けなきゃ……。
「ありすちゃん、もう、大丈夫……」
振り向いた祐樹が一瞬だけ見えて、そんな声が聞こえたような気がした。
路地に引きずり込まれたオレは声を出せないように手で口元を押さえられていて、祐樹に何も返すことは出来なかったけれど。
でも、祐樹と話せて、良かった。
「手間、掛けさせやがって」
苛立った口調がして、その顔を確かめるまでもなく、腹に衝撃が走った。
肺の中の空気が一気に吐き出されてむせ返り、膝から地面に落ちる。
膝で腹部を思いきり蹴られたのだ。
「連れて行け」
冷たい声がして、両脇を支えられるようにして歩かされる。
どこに行くのかわからない。だけど、祐樹が無事でありますように。
彼らが祐樹の後を追わないことを、今のオレは祈ることしか出来ない。
拍手・コメント・ランキングサイトへのぽち。ありがとうございます!!
スポンサーサイト
思えば、今日という日が始まった時から、オレにツキは無かった。出かける直前に飲みかけのジュースを零し、乗る予定だったバスに乗り遅れ。バスの中でも祐樹の不興を買ったり、雛尾から聞かされた話にしても……。今のこの状況だって、せっかく助けに来てくれた祐樹の勇気ある行動すら、好機にすることはできなかった。
つくづく、悪いことは重なって起こるモノだけど、出来過ぎたように連続しているのはある意味人生初だと思う。
強制的に連れて来られた所は、廃虚となった建物の一角。管理が甘いのか鍵も役を成さず、そこは溜まり場になっているようだ。
何度も逃走を試みたもののすべてが無駄な抵抗に終わり、この場所に辿り着くまでの間にも一体何人とすれ違ったことか。
オレが無理矢理に連行されているのは誰が見てもわかるはずなのに、それでも救いの手を差し伸べてくれるような、そんなことをしてくれる人はいなかった。みんな都合が悪そうに顔を背け、わざと視線を逸らし見ていぬフリをする。関わり合いにはなりたくない、そんな思いが彼らからは滲み出ていた。
誰かが助けてくれるなんて、そんな都合の良い事が起こるはずがない。
すれ違うたびにそんなことを思い知らされるようだった。
背中を押され、動かしたくもないのに足は前進させられる。
視界が開けて、部屋に出た。コンクリートの壁がむき出しで、奥の方にあの公園内でも見覚えのない顔が数人あって、それらが一斉にこちらを見た。
自然と足が竦み上がって、歩みが止まる。
「ホラ、もっと奥に入れよ」
入口で立ち止まったオレの背中を突き飛ばす。オレは中央まで躍り出るように2、3歩前に出るはめになってしまった。
「遅かったじゃないか。安田。ずいぶん待ったぜ?」
数人の中でも、貫録さえ感じさせる身体のデカい20代前半くらいの男が口を開く。
「だ……れだ、お前?」
オレを捕らえ、ここまで連れて来た安田と呼ばれた首謀者が、どうしたわけが声を震わせて尋ねた。目の前のオレたちが来るのを待ち構えていた連中とは、面識がないというのか。だけど、彼らの後ろにいるのは間違いなく、公園でオレの腕を掴んできた大学生っぽい男で……。
「楽しいことが今から始まるって言うんで、わざわざ出向いてやったのに。それはないだろ? なぁ、金井?」
状況を把握できていない安田を軽く見て、鼻で笑うと背後に直立で立っている男に声を掛けた。
金井と呼ばれたその大学生くらいの男は、たったそれだけで雷に打たれた様にビクンっと身体を震わせると、怯えたように目を彷徨わせた。
「俺に黙って、一儲けを企んでたって聞いたぜ?」
「そんな……アンタに黙って稼ごうなんて」
大慌てで否定しようとした金井は、男の一睨みで口を閉ざし、その脇に控えていた手下の手によって蹴り倒される。
床に積もった埃が舞い飛んで、ドスッと言う生身の体を蹴りつける鈍い音がやけ生々しく感じられた。
目の前で行われていることが信じられなくて、リアルなのかどうなのかその違いがつかなくなってくる。
「俺は、嘘が嫌いでね」
呻くような声がする中、男の異様なくらいに冷静な声が響いた。
「わ、……わかった。アンタと取引する。だから……」
安田の声は上ずったようにトーンがおかしかった。
異様な光景を目の当たりにして、今度は目の前の男に取り入ろうって事のようだ。
オレにとっては、売られる相手が変わるだけで、何ら状況が変わったわけでもない。
「更に言うなら、一番嫌いなのは、裏切り……だ」
男の目が刃物を感じさせるような光を放った。凶悪な眼差しがこちらに向けられる。
金井を裏切る行動に出た安田の生唾を飲み込む音が背後に聞こえた。
「でも、まぁ……お前は俺の守備範囲外ってことにしてやる」
面白くなさそうにそう言って、それから男はオレたちのさらに奥の方へとその視線を走らせた。
「宇佐木、これでいいんだろ?」
大きな声で同意を求めると、
「ああ。助かる」
部屋の出入り口に調度良く現れた宇佐木の声がして、遅れてこんな時でも変わることない余裕ぶったその姿が現れた。
拍手・コメント・ランキングサイトへのぽち。ありがとうございます!!