2013年04月 の記事一覧

それは恋ですか? 25

 両脇を挟まれるようにして公園から連れ出される。
 何度も逃げ出す隙を窺っては掴まれている腕を振り解こうとしてみたけれど、その甲斐もなく軽くあしらわれていなされた。

「諦めなよ、ありすちゃん。この間みたいに」

 嘲るようにニヤニヤと笑いながら、しぶとく抵抗を試みているオレに言った。

「だっ……れが、お前なんかに」

 まだ、逃げるチャンスがあるなら絶対に諦めるつもりなんてなかった。
 それに、あの時と今じゃ全然状況が違う。薬さえ使われていなければ、あの時だってオレは……。

「その威勢も、いつまで持つのかな」

 歩みを止め、睨み付けているオレの顎を片手で掴み上げると、引き上げるように自身へと引き寄せた。
 首を絞められるような痛みと苦しみに抵抗する力は失って、手も足も出せないのが堪らなく悔しくて、目に涙が浮かんだ。
 どうすればこの状況から逃げ出せるだろう……?
 そればかりを考えるのに、いい手段は1つも浮かんでこない。
 力づくで振り切るのは、どうやら無理そうだ……。

 そう思った時、背後から何かが勢いをつけてぶつかってきて、その反動で身体が解放される。

「ありすちゃん、逃げてっ!!」

 それは、祐樹の声だった。
 どうやら全力でタックルを仕掛けたらしい。あまりに突然の不意打ちに、連中はオレを解放してしまったようだ。
 今度は祐樹に腕を掴まれて引っ張られ、走り出す。
 彼らからできるだけ早く距離を取るために、出来る限り全速力だった。

 狭い路地裏に入って、建物を縫うように走り抜ける。
 どこをどう移動しているのかわからず、ただ手を引っ張られるままついて行く。

 どうして、祐樹が……? 
 自分より一回りほど小さい背中を前に見ながら、彼が現れた理由を考えていた。
 価値ある情報を手に入れる為だけに築き上げた空疎な関係なら、自分の身を危険に晒してまで来る必要などないのに。

「ありすちゃん。無事で、良かった」

 連中をやり過ごすために、人が1人ようやく通れるくらいの狭い隙間に身を隠し、息を殺す。追いかけてくる足音や声が聞こえなくなると、一安心したように息を整えながら祐樹は言った。

「どうしてこんな危険なことするんだ? そんなの、おかしいだろう」

 オレを助けに飛び出してくるなんて、デメリットの方が大きすぎる。
 大体、一緒に捕まっていたらどうするつもりだったんだろう? 

「ごめん、でも身体が勝手に動いてたんだ」

「そんなの……」

「それに、守りたいって言ったのは、嘘なんかじゃないから」

 あの日の翌朝。微妙に恐れを抱きながらも『守る』と言ってくれた言葉を思い出す。でもあれは、ただの口約束だったはずじゃないか。それなのに……?
 祐樹の目にはしっかりとした自分の意思を感じ取れて、言っていることが出まかせなんかじゃないことが伝わってくる。

「祐……樹」

「この話はまた後にしよう、今は逃げなきゃ」

 注意深く周囲を見渡して、祐樹は一歩足を踏み出す。その後ろに続き祐樹の後ろを追いかけるけど、オレに聞こえている音があった。
 自分たち以外の足音がいくつか、つかず離れず追いかけてきている。
 でも、あともう少しで人通りの多い所へ出るような気がしていた。それまで、祐樹を送り届けなきゃ……。

「ありすちゃん、もう、大丈夫……」

 振り向いた祐樹が一瞬だけ見えて、そんな声が聞こえたような気がした。
 路地に引きずり込まれたオレは声を出せないように手で口元を押さえられていて、祐樹に何も返すことは出来なかったけれど。
 でも、祐樹と話せて、良かった。

「手間、掛けさせやがって」

 苛立った口調がして、その顔を確かめるまでもなく、腹に衝撃が走った。
 肺の中の空気が一気に吐き出されてむせ返り、膝から地面に落ちる。
 膝で腹部を思いきり蹴られたのだ。

「連れて行け」

 冷たい声がして、両脇を支えられるようにして歩かされる。
 どこに行くのかわからない。だけど、祐樹が無事でありますように。
 彼らが祐樹の後を追わないことを、今のオレは祈ることしか出来ない。




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それは恋ですか? 26

 思えば、今日という日が始まった時から、オレにツキは無かった。出かける直前に飲みかけのジュースを零し、乗る予定だったバスに乗り遅れ。バスの中でも祐樹の不興を買ったり、雛尾から聞かされた話にしても……。今のこの状況だって、せっかく助けに来てくれた祐樹の勇気ある行動すら、好機にすることはできなかった。
 つくづく、悪いことは重なって起こるモノだけど、出来過ぎたように連続しているのはある意味人生初だと思う。

 強制的に連れて来られた所は、廃虚となった建物の一角。管理が甘いのか鍵も役を成さず、そこは溜まり場になっているようだ。
 何度も逃走を試みたもののすべてが無駄な抵抗に終わり、この場所に辿り着くまでの間にも一体何人とすれ違ったことか。
 オレが無理矢理に連行されているのは誰が見てもわかるはずなのに、それでも救いの手を差し伸べてくれるような、そんなことをしてくれる人はいなかった。みんな都合が悪そうに顔を背け、わざと視線を逸らし見ていぬフリをする。関わり合いにはなりたくない、そんな思いが彼らからは滲み出ていた。
 誰かが助けてくれるなんて、そんな都合の良い事が起こるはずがない。
 すれ違うたびにそんなことを思い知らされるようだった。

 背中を押され、動かしたくもないのに足は前進させられる。
 視界が開けて、部屋に出た。コンクリートの壁がむき出しで、奥の方にあの公園内でも見覚えのない顔が数人あって、それらが一斉にこちらを見た。
 自然と足が竦み上がって、歩みが止まる。

「ホラ、もっと奥に入れよ」

 入口で立ち止まったオレの背中を突き飛ばす。オレは中央まで躍り出るように2、3歩前に出るはめになってしまった。

「遅かったじゃないか。安田。ずいぶん待ったぜ?」

 数人の中でも、貫録さえ感じさせる身体のデカい20代前半くらいの男が口を開く。

「だ……れだ、お前?」

 オレを捕らえ、ここまで連れて来た安田と呼ばれた首謀者が、どうしたわけが声を震わせて尋ねた。目の前のオレたちが来るのを待ち構えていた連中とは、面識がないというのか。だけど、彼らの後ろにいるのは間違いなく、公園でオレの腕を掴んできた大学生っぽい男で……。

「楽しいことが今から始まるって言うんで、わざわざ出向いてやったのに。それはないだろ? なぁ、金井?」

 状況を把握できていない安田を軽く見て、鼻で笑うと背後に直立で立っている男に声を掛けた。
 金井と呼ばれたその大学生くらいの男は、たったそれだけで雷に打たれた様にビクンっと身体を震わせると、怯えたように目を彷徨わせた。

「俺に黙って、一儲けを企んでたって聞いたぜ?」

「そんな……アンタに黙って稼ごうなんて」

 大慌てで否定しようとした金井は、男の一睨みで口を閉ざし、その脇に控えていた手下の手によって蹴り倒される。
 床に積もった埃が舞い飛んで、ドスッと言う生身の体を蹴りつける鈍い音がやけ生々しく感じられた。
 目の前で行われていることが信じられなくて、リアルなのかどうなのかその違いがつかなくなってくる。
   
「俺は、嘘が嫌いでね」

 呻くような声がする中、男の異様なくらいに冷静な声が響いた。

「わ、……わかった。アンタと取引する。だから……」

 安田の声は上ずったようにトーンがおかしかった。
 異様な光景を目の当たりにして、今度は目の前の男に取り入ろうって事のようだ。
 オレにとっては、売られる相手が変わるだけで、何ら状況が変わったわけでもない。

「更に言うなら、一番嫌いなのは、裏切り……だ」

 男の目が刃物を感じさせるような光を放った。凶悪な眼差しがこちらに向けられる。
 金井を裏切る行動に出た安田の生唾を飲み込む音が背後に聞こえた。

「でも、まぁ……お前は俺の守備範囲外ってことにしてやる」

 面白くなさそうにそう言って、それから男はオレたちのさらに奥の方へとその視線を走らせた。

「宇佐木、これでいいんだろ?」

 大きな声で同意を求めると、

「ああ。助かる」

 部屋の出入り口に調度良く現れた宇佐木の声がして、遅れてこんな時でも変わることない余裕ぶったその姿が現れた。



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それは恋ですか? 27

 どうしてこんな所に彼がいるのだろう……?
 にわかには信じられず、自分の目を疑う。
 細かい塵が舞う中、安田たちの向こう側に宇佐木の姿が見えた。
 一瞬だけこちらに目を向けると、全く表情を変えることもなくすぐに逸らす。オレの安否を確認するためだけの動き。

──怒ってる……よな。

 そうでなければきっと呆れてるのだろう。 
 どんな理由があったにせよ1人になるべきじゃなかった。
 警告はされていたし、警戒もしていたつもりだった。でも、自分の考えは甘かった。
 だからこの結果は、いわば自分で招き寄せた災難だ。なのに、自分だけじゃなく周りも巻き込み、危険に晒して……なんて最低なんだろう。これじゃ呆れられても、嫌われることになっても当然だ。

「この3人は執行部で制裁するって、うちの会長サマが言ってたからな」

「なんだ、つまらんな」

「そう言うなよ、俺だって同じなんだから」

 屈託なく笑い、不満そうにしている奥の男を宥めるように宇佐木は言った。
 顔見知り、というよりはそれ以上に親密そうな2人の様子を、その場に居る誰もが注目していた。
 彼らの間には年の差や彼らを囲む立場などを感じさせない、対等に渡り合える関係が築かれているようで、割り入ることなどできない何かがある。
 
「こいつらはケンカ1つ、まともにやったことのないような連中だ。アンタが手を下すまでもない……だろ?」

「ま、それもそうだな」

 ふんっと気に入らない気持ちを吐き捨てるように鼻息を荒くして、ジロリと凄みのある睨みが3人に向けられる。
 それまでの経験からわかるのか、一気に興味を失ったようだ。

「じゃ、俺たちは引き上げるとするか」

「もう、行くのか」

「ああ、今度はもっと面白いことに呼べよ?」

「恩に着る、高橋」

 そんな会話の後、高橋と呼ばれたグループのボス的な男は、手下に目だけで合図を送ると金井という大学生風の男を連れて部屋を出て行ってしまった。
 凍りついた場の空気は静寂に包まれて、それまでの張り詰めて息をするのが辛くなるほどの緊張がわずかに弱まる。 

「安田も、懲りないよな? せっかくあの時逃がしてやったのに」

 宇佐木の声が安田たち3人に掛けられる。
 高橋たちが放つ殺伐として暴力的な空気に、彼らの戦意は完全に喪失していたようだ。

「宇佐……木、お前」

 憎々しげに安田が唸り声を上げた。
 自分の計画を実行するよりも前に台無しにされた恨みが、一気に吹き出すように表面へと現れたようだ。「わあああああ」っと叫び声がしたと思ったらオレに突進してくる安田の姿が見えた。
 チャッと金属音が耳元で聞こえて、冷たいものが首筋に押し当てられ羽交い絞めにされるまで一瞬の出来事だった。

「許さ……ない」

 声は耳の近くで聞こえた。 
 追いつめられてオレを盾にすることでなんとかしようとしてるんだろう。
 けど、そんな価値など、オレにはないだろうに……。

「止めておけ、安田」

 感情を押し殺した冷たい声がした。
 オレを人質にとることで有利になったと思ったのか、残りの2人も便乗するように動きを見せた。

「ヤツらを帰したのは時期尚早だったんじゃないのか? 宇佐木」

 勝機が見えたのか、安田からは嘲るような口調が含まれて聞こえた。
 それを宇佐木はただ黙ったまま見ている。
 その沈黙がオレには酷く恐ろしく見えているのに、彼らは何も感じないのだろうか?
 オレに押し付けられている金属が肌を擦る。ざらついた抵抗を感じた後に、焼けつくような痛みを首に感じた。

「そうか、早すぎた……か?」

 ツゥーッと何か生ぬるいものが流れるのと、宇佐木の静かな声はほぼ同時だった。

「そんなモノ持ち出したからには、覚悟。出来てんだよな?」

 そこから先はあまりに電光石火で。
 宇佐木の姿がゆらりと揺れたと思った時には、オレは安田から引き離されていて、容赦なく叩きつけられた手からナイフは床に落ちた。まるで映画の格闘シーンのように、3人は防御する暇も与えられず床の上に崩れ落ちて。オレは壁を背にしてそれらを目に映していた。



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桜月夜~10万HIT感謝SS~ 本郷×門脇

10万HIT感謝SSです
超えたのはもうずいぶん前ですけれど、
どのキャラが好き? ってアンケートで
門脇 雪人が一番多いようなので
今回のメインは雪ちゃんにしてみました
では、お楽しみくださいw




 久々に一緒に過ごせることのできた週末の夜。
 今度の仕事の打ち合わせに使えるか試すため、本郷さんに案内されて赴いたお店は、自分の目から見ても充分に及第点で文句なかった。
 帰りのタクシーの中。ほろ酔い程度にアルコールが回って、身体はポカポカとして温かく幸せな気分でいると、本郷さんが「そこの角でいい」と運転手に声を掛けた。
 まだマンションには到着していないのに、どうして……?
 誘導されるまま車を降りる。
 ハザードランプがチカチカと点滅して、その都度周辺をオレンジ色に染める。
 そこはあまり来たことのない場所だ。駅からマンションに向かう道とは全く反対方向にあって、部屋から眺望できる景色ではいつも見ている公園付近。
 確か……ここは。

「少し、散歩しよう。雪」

 本郷さんが車から離れると、間もなくそれは僕たちから走り去っていった。
 2人だけ残されてゆっくりと歩き出す。

「雪、こっちだ」

 ただ歩いて帰るだけではないらしく、彼は大きな道路沿いから逸れる小道を指さす。

「今夜はこっちの方がいい」

 そう言うと僕に向かってにっこりと微笑んだ。
 本郷さんの示す方向には大きな池があって、ランニングをしたり散歩をしたりする人がよくその外周を回っているのだけれど。今の時期は……。

 階段を数段上がって、視界が開ける。
 目の前にはピンク色の光を放つ提灯の明かりに、満開になった桜が照らされてぼんやりと闇夜に浮かび上がって。

「……キレイ、だ」

 息を呑むほどに一瞬にして目を奪われる。
 池をぐるりと囲むように桜の木が植わっていて、そのすべてが満開。ひらひらと花びらが舞い落ちて、風に流され本郷さんの肩に止まった。
 それを人差し指と親指で摘まむと、笑いながら本郷さんに見せた。

「おいで、雪」

 手が差し伸べられて、その手を躊躇いながら掴む。
 夜更けのこんな時間に、人の気配はほとんどない。わかっていても、胸がドキドキして落ち着かない。
 今度は昼間に花見をしてみたいとか他愛のない話をしながら、何メートル程歩いて池を見る余裕がでてきた時、水面に一際明るく光を放つ丸い光が目に留まる。

「あ……満月……?」

 歩みを止めて見上げると、ぽっかりと浮かぶのは満月。

「眩しい……ですね」

 少し目を細めていると、スッと本郷さんの影が僕に落ちた。

「雪……」

 繋いだ手はそのままに、空いている片方の手が僕の顔に添えられる。

「聡志……さん?」

 ゆっくりと近づいて、覆われる。
 重なるだけの軽い口づけ。音もなくそっと離れるとき、強い風が桜の枝を揺らして、大量の桜吹雪が一帯を染め上げた。
 その中で見る本郷さんは、魅力的でとても似合っていて。僕はそれを目蓋に焼き付けるように、ぼうっと見ていた。

「雪、早く帰ろうか。寒くなってきた」

「えっ、……はい」

 手を引っ張られ、その後をついて行く。
 もう少し夜桜を楽しみたいのと、それからせっかく本郷さんと2人っきりなのを満喫したくて、惜しい気分になる。

「また、来よう」

 僕のそんな気持ちが伝わったのか、そう笑いながらも言ってくれる。ホントですか、と嬉しくて歩みを速めた僕に本郷さんは頷きを返してくれながら、繋いでいた手を解くと腰にその手が回ってきて引き寄せられた。

「ああ、だから。早く帰って、俺を温めてくれ。雪」

「……っ」

 意地悪く笑うその顔が挑発していて、求められていることを思うと顔が真っ赤に染まって、熱くて。

「返事は?」

 促されるけれど、恥ずかしくてそんなこと答えられないのに。

「雪」

 優しく名前を呼ばれて、おずおずと見上げると、視線が絡まって気持ちから背けられなくなる。

「……は、い」

 欲しいのは自分も一緒で。だけど素直にそれを言うのは恥ずかしいから、口にしたりはしないんだけど……。

「本当に、素直だな。雪は。そういう所が可愛くて好きだ」

 本郷さんの足が今までに比べて一段と早まる。
 僕はそれについて行くのがようやくで、手を繋ぎ直して引っ張られる。
 明日は久々の休日だから、ベッドから解放されたらお花見に誘ってみようか……。
 本郷さんの背中を見ながら考えた思惑は、実行されないような気がなんとなくした。



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それは恋ですか? 28

 呆気ないと感じるほどあっさりと、事態は収拾が付いていた。
 あんなにオレが必死で逃げ回り、抵抗しても敵わなかった相手が、宇佐木の手でいとも容易く床に這わされている。その光景を現実として感じられず、他人事のように眺めていた。

「ありす」

 呼ばれてそちらに顔を上げる。厳しい顔をした宇佐木が近づいて来て、どうしてそんな顔をしているのか、それが不思議でただぼんやりと見ていた。

「見せてみろ」

 乱暴に片手で顔を上向きにさせられると、首にピリッとした痛みが走った。
 
「……痛っ」

 顔をしかめ、自然と身体がたじろぐ。急に何をするんだと宇佐木の方へ恨みがましく目を向けると、突然両腕を押さえ込まれ全身を使って壁に押し付けられた。

「んっ……宇佐、木っ?」

 宇佐木の顔が迫ってきて、首に噛みつかれるのかと思って声をあげる。 
 ヌルリと生暖かいような濡れたものが、痛みを感じていた所に触れた。

「やっ……やめろっ」

 その正体に気付いて、渾身の力で宇佐木を押し返すのに逃げられない。
 その間もナイフで切られたキズをペロペロと舐められて、痛みと今までに感じたことのない他人の舌の感触に身体がピクピクと震える。

「や、だっ……宇佐木っ!」

 自分には抗いきれない圧倒的な力の差に涙が浮んでくる。
 どうして、宇佐木はオレにこんな事をするんだろう。キスをした時と同じように嫌がらせだというのか……?
 吸われるように唇が吸い付いた後、宇佐木の身体が離れるとオレは支えを失ったようにその場にぺたりと座り込んだ。

「どうして、こんな……こと」

「何って、消毒に決まっているだろう?」

 キズを手のひらで押さえて宇佐木を見上げたオレに、迷うことなくそう言い切ると捕まれと手を差し出す。
 消毒って。口腔内にいる細菌の方がどれだけ多いと思ってるんだ。とかそんなことを思うのに、あまりにも平然と答えられたから絶句してしまう。

「あり……えない」

 今どき唾つけたら治るとか、どこの野生児の理論なんだ。それにだとしても他人のキズを舐めるか、普通。なのに、本人は感謝されこそ非難されるのはおかしいと言わんばかりで。

「なんだよ、何かおかしい事を言ったか?」

 なんて言う始末で手に負えそうにもない。こっそり落胆していると出入り口の方でゴホンゴホンとわざとらしい咳払いがして、自分たち以外に人がいることにようやく気付く。
 宇佐木の身体に隠れて見えなくて、身体を少し横に移動させると会長と春日さんと、それから祐樹の姿もある。

「いっ、いつの間にっ?」

「えっと……」

 祐樹は困ったように頬を指で掻きながら言葉を選ぶように宙に視線を彷徨わせて、会長は不敵な笑みを浮かべているだけ。春日さんは。

「最初から見てたよ。キミが首を舐められてるところもね」 

 事も無げに見たままのことを言われて、火がついたように顔が熱くなって妙な汗が噴き出てくる。宇佐木はと言うと特に表情を変えるわけでもなく、しれっとしていた。
 
「にしても、完全に伸びてるじゃないか。やり過ぎじゃないのか? 宇佐木」

 不服そうに床で転がったままの3人を示し話が切り替わる。
 正直これ以上に話が発展しなくてほっとした。 
 話し合いの末、オレは祐樹と先に学園に帰るように指示をされて、3人は安田たちの意識が戻るのをもうしばらく待つ事になった。

 その場所を去り際。春日さんの前を通り抜けるときに、ふっと腕を捕らえられて足を止める。何だろうと見上げると、春日さんの視線が首元に集中しているのがわかった。

「なかなか色っぽかったけど、ちゃんとした消毒をしておいた方が良いね」

 鋭い言葉に、抵抗できなかった言い訳の1つも言い返せず、サッとその部分を手のひらで覆って隠すと、それを見て彼は楽しげに口角を上げる。

「それと、痕になってるから、しばらく包帯で隠しておいた方が良い」

 オレにつけられたキズと同じ場所を自分の首で示しながら、珍しく春日さんは優しく微笑んでくれた。
 その時は何を言われているのだろうと、わからなかったけれど、寮に戻って鏡を見た時にようやく理解した。
 キズに重なるようにして、赤い鬱血がそこに残っていて。

「~~~~~~っ!!」

 声にもならない叫び声ってのはこういうものなのかと、しなくてもいい体験をしてしまった。



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