2013年05月 の記事一覧

それは恋ですか? 54

 はぁっ、はぁっ……。

 短い息が開いたままの口から出て行く。
 遮るものもなく、容赦なくコートに照りつける日差しは、輻射熱も伴ってとんでもなく熱く感じられた。
 コートチェンジの度に飲み物を口に含んでも、すぐに汗に変わって喉が渇いてくる。
 試合は相手側のサーブから始まって、ゲームカウントは3ー5。出来る事ならこのゲームで決めたいところ。しかも、15-40だからあと1回ポイントを決めれば勝ちになる重要な場面。
 互いの緊張感が高まる。
 相手側のサーバーは地面に数回ボールをバウンドさせて、それから息を整えると高くトスを上げ腕を振り落した。
 祐樹がコート内にバウンドしたボールを難なく打ち返し、相手側へとボールが戻る。注意深くボールの行方を追いかけ、前衛に出た祐樹が冷静なまでに相手側にプレッシャーを与えるようなボレーを返し、そして、チャンスが巡ってきた。
 相手が高くロブを上げたのだ。

「ありすちゃんっ」

 祐樹の声がして、オレはそのボールをしっかりと目で追いかけ、そしてタイミングを計って大きく腕を振り落した。
 ボールを打ち付けた衝撃が腕に伝わって、勢いをつけて向こう側のコートへ返ったそれは、ワンバウンドすると大きく跳ねあがって。こちらに打ち返されては来なかった。

 試合終了のホイッスルが鳴って、緊張が途切れる。

──勝った……。

 初勝利を手にしたのに実感がわかなくて、ぼんやりしているオレに祐樹が満面の笑みで駆け寄ってくると、両手いっぱいに抱きしめられた。

「すごいすごいっ、勝っちゃったよっ」

 飛び跳ねる勢いに押され、オレはフラフラになりながら祐樹の体を支える。
 何か言ってあげたいけれど、熱さと喉の渇きで舌がもたつく。

「お疲れ様でした」

 相手チームの3年生がネット際までやってきていて、オレは祐樹を連れて慌てて駆け寄った。

「ありがとうございました」

 相手の心境を思うと申し訳なくて、おずおずと頭を下げると、向こうから握手を求められる。

「この後も頑張って」

 差し出した手をぎゅっと握られて、勝った相手ににこやかに声援をもらえる。すごく嬉しい展開だ。なんて清々しい人たちなんだろう……。満面の笑みで『頑張ります』って返すと、2人は途端に照れたように顔を赤く染めた。

「ありすちゃん……サービスし過ぎ」

 さっきまでご機嫌だった祐樹が、何故か急に不機嫌そうに小さく呟いて。それとは真逆に、対戦相手はやけに嬉しそうに、コソコソと2人で話しながら去って行くのが見えた。

「あの2人、今日はあの手で『何』をするんだろうね……」

 彼らを見送った祐樹は意味ありげにそんなことを言うから、いくらなんでも気づいてしまう。

「何って、まさか……そんなこと」

 自分の下世話な妄想だと信じたい。

「『姫』に直に触ってあの興奮だよ。否定し切れる?」

 勘ぐるように意地悪く祐樹は笑って。それから、『過ぎたことは忘れて休憩しよっ』なんて言うとコートを出て行ってしまう。
 取り残されたオレは対戦相手の後姿をもう一度見て、そして深くため息をつくと祐樹の後を追いかけた。
 

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それは恋ですか? 55

 全チームの第1回戦が終了して、4組のペアが2回戦に進んだ。
 次に対戦する相手は雛尾と和泉のペアで。それは午後一番で行われる。
 タオルを頭から被り、直射日光から逃れつつ、額から零れる汗を拭う。
 汗で張り付くシャツが気持ち悪くて、裾をパタパタとはためかせて空気を取り込み、少しでも涼を得ようとしてみる。

「あっつぅ~い」

 昼食を摂った後だから余計に体温は上昇し、オレは日陰に入るとすっかり項垂れて、壁に背を預けると脱力して目を閉じると一休みしていた。

「ダラけすぎだよ」

 祐樹から咎められてもただ受け流してやり過ごす。
 だらしない奴だとわかれば、オレに幻想を抱く何人かを失望させることも出来るだろう?
 そんな風に投げやりに思ってしまう。

「あ、れ? 有住くん? なんだかそれ気持ちよさそうだね」

 和泉の声がして、オレはタオル越しにその姿を確認した。
 まだ知り合って間もないのに、怠けた姿を晒すのは恥ずかしくて、すかさず頭のタオルだけは取り払って取り繕うように笑みを向けた。

「和泉くん……と伏見くん?」

 偶然通りがかっただけのようで、2人は少し離れたところからオレを見ていた。

「へぇ……コレが『姫』?」

 人の事を「コレ」扱いするなんて、なんて失礼な奴なんだろう。
 和泉には申し訳ないけれど、伏見に対する印象はいきなりよろしくない。

「こら、恭一郎。有住くんに失礼だろ?」

 すかさず和泉が彼の発言を注意してくれる。
 けれど本人は失言だとは全く思っていないようで、

「だって、和泉の方が断然かわいいし」

 なんて平然と言ってのけた。
 目の前ではっきりと言われると、唖然とするよりほかない。
 それに、なんだかこういうのは新鮮で。
 和泉が見ているうちに顔を真っ赤に染めていくのを、オレは第三者的に観察していた。

「人前でそんなことっ」

「だってそう思うんだ。仕方ないだろ?」

 当惑する和泉に、伏見は真面目な顔で尚もそう言うから、見ているこちらまでもが恥ずかしくなる。

「ご、ごめんねっ。有住くん」

「いや、……別に、それほど気にしてないし」

 伏見のことを必死でフォローしようとする和泉が妙に甲斐甲斐しく見える。
 この2人って、本当にただの幼馴染みなのかな……? 目の前でいちゃいちゃされる気持ちって、複雑。
 疑いの目で見てしまうのは、オレもこの学園に馴染んできたという事?

「2人は付き合ってるの?」

 突然何を思ったのか、切り込んでいったのは祐樹だった。
 意表を突かれて、声も出ないようだ。

「ゆ、祐樹?」

 いくらなんでも単刀直入過ぎる質問だろっ?
 そんな事を聞かれて『はい そうです』なんて答えるはずないのに。

「俺はさ、ずっとこいつに告白してるんだけど。なかなか上手くいかないんだよね」

 ……まさかの伏見の回答。
 それに対して和泉の反応は挙動不審になるわけでもなく、何故か頬を染めて悲しげに俯いていた。
 和泉を見ていれば、伏見のことを大切に思っているのを感じる。それがただの幼馴染みとしての感情なのか、それともそれ以上のものなのかはわからないけれど……。

「伏見くんも見かけに寄らず、苦労してるんだねぇ」

「そう、こうみえてフラれまくってんの。俺。可哀そうだろ?」

 ニヤニヤと笑うと、嘘か本気かわからないような口調で、祐樹の同情を引くような言い方をする。

「キミも結構可愛いよね? どう今夜、俺と」

「んー、遠慮しとくっ」

 祐樹は軽く笑って断ってるけど。一体伏見ってどういうつもりなんだろう。
 和泉にだけ本気なんじゃないの……?
 伏見の軽薄な態度に怒りを感じながら、オレは和泉のことを心配する。
 俯いたままの彼は伏見を見上げることはなく、ただ虚ろな視線は宙を彷徨っていた。



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それは恋ですか? 56

 昼一番に始まる試合の為に、オレと祐樹、伏見と和泉はコートにいた。
 あの後から今もずっと、伏見は祐樹を執拗に慣れた口調で口説き続け、和泉は不自然なくらい沈黙して静かに2人のやり取りを聞いているようだ。
 そんな和泉はとても辛そうで、傍観しているうちにだんだんわかってくる。
 伏見と和泉の、2人の奇妙な関係。
 祐樹のことを口説きながら、伏見は待っているように見えた。隣の和泉から、何かしらの反応がある事を。そしてそれは、オレの目にも明らかだったし、祐樹も気づいていて。おそらく、当人はもっとわかっているはず。
 なのに、何も言わないのは……どうして?

「ねぇ、いいじゃん、別に女の子じゃないんだし。1度くらい俺とヤッたってさ」

 無神経な伏見の言葉が耳に入って、和泉の手が震えたのが見えた。
 祐樹は軽くそれさえも笑っているけれど、オレだって自分の友達が軽い扱いを受けているのはこれ以上耐えられない。

「減るモノでもないし。何事も経験っていうでしょ?」

「伏見くん、いい加減にしろよ」

「ん?」

 耐えきれず口を出してしまった。
 祐樹のことだからきっと手助けをしなくても躱せられると思うし、その必要はないのかもしれないけれど。
 それでも聞いていて、とても不愉快だった。

「遊び半分なら、オレの大切な友達に手を出すな」

「ははっ、ありすって噂どおりお堅いのな」

 こちらは本気で言っているのに、それを軽く鼻であしらわれる。
 いくらムキになったところで、正面から相手してくれそうにもない態度。それが伝わってくる。

「もっと軽く考えろよ。楽しめるものは今のうちにやっておかないと、そのうち後悔するぜ?」

 お堅くて結構だ。と睨み返したオレを、伏見は軽く笑い飛ばすように言った。

「大体、周りをよく見てみろよ。この学校には誘えばいくらでも腰を差し出してくる奴がいる。……って、お堅い『姫』には知らない世界、かな?」

 確かに伏見の言う通り、オレはそういうのはよく知らないし、伏見がどんな子を今まで相手にしてきたかなんて知りたくもない。
 だけど、自分の考え方が間違ってるなんて思わないんだ。

「だからって、祐樹のことを本気じゃない奴に。……祐樹は渡せないっ」

「あ、りすちゃん……」

「だって、オレの友達だから。……絶対に幸せにならなくちゃダメなんだっ」

 勝手なオレの気持ちの押し付けかも知れないけれど、本当にそう思ってる。
 今まで祐樹と一緒に居て、助けられたことはたくさんあって。比べ物にならない大切な存在だから、傷ついて欲しくない。
 だって、伏見の中には別の人が既に存在しているように思うから……。
 オレは祐樹のことを見つめて、手を伸ばす。
 その手を祐樹が掴んで、オレの気持ちに答えるようににっこりと微笑んでくれた。

「そういうことだから。僕は伏見くんとは絶対にムリみたい」

 それまではやんわりと同意も拒絶も示していなかった祐樹が、ここへきて明らかな答えを出した。
 伏見はようやく祐樹のことを諦めたようで、オレは安堵に胸を撫で下ろす。
 
「ありす。ひとつ教えてやるよ」

 何だろうと、オレは伏見に目を向ける。
 彼はオレのことを面白そうに見ていて、最初に比べると少しはオレにも関心があるように見えた。

「みんながみんな、ありすと同じように清廉でなんかいられない。だって、まだ高校生なんだ。仙人じゃない」
 
「……どういうこと?」

 何を言おうとしているのか、伏見の意図がわからなくて。オレは彼の言葉を待った。
 すると、狙っていた獲物が引っかかったように、彼は目を細めた。

「わからないのか? 宇佐木とお前を取り合っている副会長だって、自分のファンの中から毎日お相手を取っ替え引っ替えしてるって話だ。宇佐木だって、どうだろうな?」

 春日さんがファンの子と……? 宇佐木も……?
 伏見の悪意あるその言葉を、祐樹との可能性をオレに潰されて、それを根に持ってるだけだと思いたかった。

「ありすちゃん、真に受けることないよ」

 祐樹が隣で心配そうに言う。その言葉を信じたいけれど。
 コートに向かってくる宇佐木の姿が見えたオレは、その隣を当然のようにしてついて歩く雛尾を見て体が固まった。
 雛尾は宇佐木が好きで。宇佐木は告白を受けていたから、彼の気持ちを知っている。

「ああ、その様子じゃ知ってるんだ? 宇佐木が雛尾に告られたこと」

 オレの様子を見て、伏見は面白いものを見つけて楽しんでいるかのように顔を歪めた。

「うかうかしてると、雛尾に獲られるかもな」

 オレの気持ちを嗾けるようにそう言って笑う。耳障りで、心臓を抉り取られるみたいに
胸がひどい痛みを起こす。

「そんなこと……オレは……」

 照りつける真夏のような日差しが、焼けつくように肌を焦がしているのに、どうしてなのか全身が寒くさえ感じた。
 視点が定まらず、眩暈さえ感じられてくる。

「ありす、どうしたんだ?」

 コートに入ってきた宇佐木が、オレを見つけ駆け寄ってくるなりそう言った。
 伏見はニヤニヤしてオレを見ているだけだし、祐樹は心配そうに成り行きを見守っていた。離れたところからは、雛尾の刺々しい視線が感じられる。

「う……ん、……大丈夫」

 宇佐木から顔を背けたオレの両肩を、彼の力強い手が掴んでいて。オレが腕を上げると今度は手首が捉えられる。

「顔色が悪い。貧血じゃないのか?」

「大丈夫だって」

 ただただオレの身を案じてくれる宇佐木に、オレは強く出ることも出来ず、直視も出来ないままだった。
 いつもと違って本気では抵抗してこないのがよほど不審なのか、宇佐木は怪訝そうにオレを見て、そして周りを見る。

「なにか、あったのか?」

「……タイミングが出来過ぎだっただけだ。気にするな」

 宇佐木はそう告げる伏見に目を向けると、わずかに眉をひそめる。知らぬ顔を決め込んだ伏見とオレを見比べてから、オレを彼から遠ざける様にコートの側にあるベンチまで連行した。



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それは恋ですか? 57

 宇佐木はオレと伏見の間で何かあったらしいと、薄々気づいているようだった。
 それでも伏見に何も言わないのは、今日一日を共に戦う相方だから、なんだろうか?
 ベンチに腰かけたオレに、宇佐木は自分の荷物の中から何かを取り出して、目の前にそれを突き出した。
 近すぎて焦点が合わず、両手で受け取る。

「水……?」

 それはどうやら凍らされていたようで。自然解凍されてすごく冷たい。それにまだ完全には融けきっていないようで、内側には氷の塊が見えた。
 渡されたものの、それをどうすればいいものやら戸惑っていると、「飲め」と、短く命令された。

「え、でも……」

「口移しにでも飲ませてやろうか?」

 人前であろうとやりかねない宇佐木の言葉に、オレはいそいそとキャップを開けた。
 キンッと頭に響くような痛みが、水を口に含んだ直後に現れる。それでも、喉には心地よくて、生き返ったみたいだ。

「やるよ、それ」

 思わずため息を漏らしたオレに、宇佐木は満足そうに言った。

「えっ、でもコレって。わざわざ準備したんじゃ……?」

「俺はまだあるから、1本くらい分けてやる」

 チラッとカバンの中身をオレに見せる。中には確かにいくつもペットボトルが転がっていて。同じように凍らされたものや、スポーツドリンク、普通のミネラルウォーターも用意されていた。
 まさに準備万端。でも、前の日からこれを宇佐木が用意していたなんて考えると、ちょっとおかしくって笑えてくる。

「こら、なんだよ。それ」

 突然クスクスと肩を震わせて笑い出したオレに、宇佐木は失礼だなと不服そうにカバンを閉じた。
 それでも、目はさっきまでと違って穏やかで……。

「良かった。元気が戻ったみたいだな」

 安心したようにオレの頭に手を伸ばすと、クシャッと掻き混ぜて破顔した。

「あっ、やめろよっ。乱れるからっ」

 髪型を気にして宇佐木の手から逃れようとする。けれど全然敵わなくって、散々宇佐木の手によって髪をぐしゃくしゃにされたのだった。
 そうこうしているうちに時間は過ぎて、コートには見学の生徒が集まってきていた。

「これから試合を始めるから、選手は集合してっ」 

 審判をしている教師が声を張り上げて呼んでいる。
 ベンチから腰を上げると、オレたちは一緒にそちらへ向かって歩き出した。
 絶対に勝って、宇佐木とも試合がしたい……。
 少し前を歩く宇佐木の背中を見てそんなことを思う。
 それだけの事でトクンッと胸が弾んで、自然と楽しい気持ちになってくるから。宇佐木って不思議だ。
 
「全くもう……、人の気も知らないで……」

 隣でブツブツと祐樹がごちていた。
 それに気づいて、オレは彼を振り返る。

「何か言った? 祐樹」

「取り越し苦労するこっちの身にもなって欲しいよ」

「ん? それ誰のこと?」

「ううん、なぁんでもないっ」

 すっかりご機嫌斜めの祐樹を連れだって、オレたちはコートに入った。
 そこには雛尾と和泉が居て、特に雛尾はすでに戦闘モードだ。

「じゃ、先攻と後攻。どっちか決めて」

 審判に促されて、雛尾は自分のラケットを地面に衝く。

「上」

 祐樹がそう言うと、雛尾はラケットをコマのようにその場で回した。
 クルクルと数回回った後に、カランっとラケットが倒れる。見るとグリップのマークは上を向いていた。
 そうして2回目の試合は、オレと祐樹の先攻で始まった。


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それは恋ですか? 58

 ゲームは3-3でどちらも互いに譲らず、膠着していた。
 午後からも太陽の日差しはますます強くなり、体力と集中力がどんどん削がれていく。
 祐樹や雛尾の体力は衰えず、ボールに食らいついていく。それに引き換え、オレはもうヘロヘロ状態で、早く終わらせたい一心で点を取りに行くのが精一杯だ。
 隣のコートでは宇佐木が最後のゲームに挑んでいた。さっきチラッと見たら、またストレート勝ちしているようだ。

「ありすちゃんっ、お願いっ」

 祐樹の声がして、彼の横をバウンドしたボールが視界に映った。すかさずオレは相手側のコートに目を走らせて、どこに打ち返すべきか判断する。
 いい感じの腕への手ごたえを感じながら、自分から対角上のエリアを狙う。腕を振り切って、ボールは狙い通りの場所にバウンドした。
 雛尾に打ち返すことは無理でも、和泉なら充分反応できそうなところだったのに、彼がそこに現れることはなかった。

「?」

 おかしい。
 そう思ってオレは和泉を見る。
 ふらりと彼の身体が大きく揺れるのが見えて、コートの上に崩れ落ちた。

「っ、和泉くんっ?」

 叫んで、慌ててオレは彼の所に走り寄る。
 立ちくらみ……? 眩暈?
 突然のことでみんなが立ち止まって見ていた。
 オレは彼の側まで来ると、肌が露出しいるところに触れてみる。
 すごく体が熱くなっていて、全身から汗が噴き出して、息も異常に早くて荒い。

「祐樹っ、水っ。早くっ」

「えぇっ? はいっ」

 驚いたように祐樹はばたばたと大慌てでやってくると、オレに水を差しだした。 
 その頃には審判も近くにやってきていて、オレは急いでキャップを開けると中身を和泉の肌が露出した首回りに注いで、それから冷たさに目を開いた彼にちょっと安堵する。

「和泉くん、飲める?」

 水を差しだして、口に近づけると小さく頷いたから、少しだけ含ませてやる。
 意識があるからとりあえずは大丈夫。だけど早く保健室に連れて行かなきゃ……。
 オレ一人では抱えるのは出来そうにない。そう思って周りを見渡していると、伏見が血相を変えて和泉の側にやってきて、そして何も言わないうちに彼を軽々と掬い上げるように横抱きにして抱え上げる。

「保健室に連れて行きます」

 毅然とした態度で教師に向かって言うと、許可もないままに行ってしまった。
 雛尾も心配そうに彼らについて行き、試合は中断となった。

「ありすちゃん……」

「ん、多分。熱中症だろうね」

 不安そうな祐樹の声に、オレは答えてやる。
 今日みたいに日差しも強く気温も高くて、しかも運動の最中。考えられることはそれしかない。

「だけど、意識もあったし。大丈夫だよ、きっと」

「うん……」

 祐樹の元気がない。目の前で人が倒れる所を見たんだ。だからその反応は当然。

「ほら、オレたちも倒れちゃいけないから。ちゃんと水分補給しておこう」

 祐樹を宥めながら、オレはベンチへと彼を誘導する。
 試合は多分続行できないだろうから、祐樹と雛尾の決着はまた別の機会だな……。
 ペットボトルを手に取り、辺りを見渡す。急病人が出たことで周囲は騒然としていた。
 審判と監視役の教師たちが集まり、今後の対応策を話し合っていて、生徒たちは落ち着きなくコートを取り巻き、口々に今起こった出来事を話しているようだ。 

 しばらくすると付き添いで行っていた教師と一緒に伏見が戻ってきた。彼はオレの方へ真っ直ぐやってきて、目の前に立つと急に頭を深く下げた。

「ありす、的確な応急処置だって、保健医の先生が……。ありがとう」

「えっ、いやっ……そんなの当然のことをしただけで。それより、……和泉くんは?」

 思いもしなかった感謝の態度にオレは驚いて。思わず立ち上がると両手を前に突き出して、ぶんぶんと細かく両方の手を振った。

「ああ、軽度の熱中症だから、保健室で休んでる」

「そう……」

 眉を寄せ何かに堪えるような辛そうな顔をした伏見は、自分を責めているようにも見えた。もっと和泉の体調に目を配っていたら……そんなことを思っていそうだ。

「今日は暑いからね。いくら気をつけても……仕方がないよ」

 別に和泉が倒れたのは伏見のせいじゃない。
 誰だって予想できなかったことだし、酷くならずに済んでよかった。

「あ、……ああ。そう、だな」

 歯切れ悪く同意する伏見は、それでも自分を責めずにはいられないようだ。
 それだけで和泉に対する思いがわかる。なのに、そんなに大切な存在なら、どうして和泉の目の前で祐樹を口説くなんて、あんな無節操なことができるんだろう。

「和泉が、ありすに会いたがってた。後で行ってやってくれよ」

「う、ん……」

 伏見と和泉の関係は部外者がおいそれと触れられるほど、簡単なものじゃなさそうで。伏見が重そうな足を引き摺って自分の試合に戻って行くのを見送りながら、彼らの苦しみが乗り移ったみたいにオレも少し胸が痛んだ。



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