2013年08月 の記事一覧

それは恋ですか? 78


 『そんなことより』と前置いて、春日さんは周囲を見渡すと不服そうにもう一度オレへと視線を戻した。

「アイツとは、一緒じゃないのか?」

「アイツって、……宇佐木のことですか?」

 わかっていたことだけど、敢えて確認ために尋ね返すと『わかってるなら聞くな』と言いたげな、無言の冷たい一瞥を受けてしまった。
 そんなことを言われても、ここに宇佐木が居ない理由なんてないから返答に困ってしまう。

「昨日、試合中にあれだけのパフォーマンスをしておいて、まったく何もなかったってことはないんだろう?」

 春日さんが何を知りたいのか気づいて、オレは全身から火が出そうな勢いで熱くなってしまう。そう、オレはあんなに目立つ形ではっきりと宇佐木のことを応援しちゃったわけで。『姫の騎士』ってのを賭けたあの試合で、オレの行為が示すのはつまりそう言う事なんだろうけど……。
 どうしよう、春日さんにもちゃんと伝えた方が良いのかな? でもこんな事触れ回るものでもないし……。考えが1つにまとまらなくて、思いあぐねていると、隣から大げさすぎるほどのため息が聞こえた。

「そうか……、もういい」

「えっ、……あ、でも」

 まだなにも言ってないのに、全てを悟ったような春日さんの態度を見て狼狽える。
 オレと宇佐木の関係をどんな風に受け止めたっていうのだろう?

「そんなに真っ赤になって。見せつけられて、わからないはずない」

 春日さんの言葉を聞き逃すまいと、オレは息を止めて聴き入る。
 その視線は優しくて、なのにどこかもの悲しそうで。オレは春日さんから視線を逸らせず、見上げたままで固まっていた。

「もう、身も心も宇佐木のものなんだろう?」

「……身も、心もって?」

「言葉通りの意味だ」

 静かにそう言われてたじろいだ。確かにオレと宇佐木は恋人って関係になったけれど、春日さんが示唆しているのは精神的なものではなくて、もっと具体的な何かのような気がする。それって、もっと簡単に言うと……。
 ようやく一つの答えに思い当たって、とんでもなく恥ずかしくなる。 

「そんなっ、ちがいますオレ達はまだそんな関係じゃ……」

 誤解を解こうと必死になって真っ正直に否定すると、面食らったように春日さんは唖然として。それからすぐに堰を切ったようにククッと笑い出した。

「まだ、なのか? ありすはともかくとして、まさか宇佐木がそんなにオクテだとは思わなかった」
 
「かっ、春日先輩!?」

 勢いに乗って余計なことまで口走ってしまったことに気がついて、オレはさらに大きく動揺してしまう。きっと『口は災いの元』ってのはこういうのを言うんだ。それにしたって大体、『ありすはともかくとして』ってオレをなんだと思ってるんだよっ?

「だって、見るからに初心そうだからな。ありすは」

 ふふっと楽しそうに笑う春日さんを、オレは憤慨しながら睨みつけた。
 どうしてこう、オレの周りにいる人たちはこんなにも意地悪なのだろう?
 からかっているときの楽しそうな顔ときたら、水を得た魚といわんばかりに生き生きしちゃってて、ホント人が悪い。

「さ、もうここまで来たら大丈夫だろう」

 教室の建物が近づいてくると、春日さんは足を止めて言った。どうして中まで一緒に行かないんだろうと不思議に思い、彼を振り返る。

「放課後、生徒会室で待ってるよ」

 教室とは真逆の西棟を指で示し、春日さんはそちらへ用事があるみたいだ。
 生徒会の仕事があるのか、それとも午後の授業がそちらで行われるのか……。どちらにしても行く方向が違うんなら仕方がない。

「わかりました、じゃあ、後で」

 春日さんに手を振るとオレは教室に向かった。さっきまで胸の中をモヤモヤしていた暗い気分は、すっかり春日さんと過ごしている間に取り払われていて、朝の出来事なんて気にするほどのことではなかったようにすら思えていた。



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それは恋ですか? 79

 放課後を迎え、オレは生徒会室へと急ぐ。掃除当番に当たっていて、片づけがすべて終わった時にはずいぶん時間が過ぎていた。階段を駆け上がり、扉の前に立つと深呼吸を何度か繰り返し息を整える。ごくんっと最後に生唾を飲み込んでから、数回ノックすると内側から扉が開かれるのを待った。
 何度訪れてもやっぱり緊張する。オレが生徒会に入るなんて、今までだったら考えもしなかったことだけど、自分にその仕事が勤まるのかな? どうしよう、すごく不安になってきてしまった……。
 カチャッと相変わらず重々しい扉が開いて、中から人が現れる。

「あ、れ……?」

 出てきたのは全く見知らぬ人で、てっきりいつも通りに春日さんが出迎えてくれると思い込んでいたから完全に意表を突かれてしまった。

「有住くんだよね。会長から聞いてるよ。どうぞ」

 驚いているオレに、彼はニコリともせず淡々とそう言うと迎えてくれた。入ってすぐに部屋中を見渡してみるけれど、どうやら彼以外には誰もいないらしい。

「あの、他の人は?」

 振り返るとオレを見つめている彼と目が合った。その食い入るような眼差しに、背中をゾクッと悪寒が走る。

「さあね。僕は留守を頼まれてるだけだから、詳しくは知らないな」

 少し遅れてからのそっけない彼の口振りに、何故か直感的に嘘を感じた。
 東条会長や春日さんが、誰に断りもなくこの部屋を空けるとは思えない。きっと行先を伝えてから出かけるはずだ。それに会長からオレが来る事を聞いてたってことも併せて考えれば、彼のその返答は不自然だ。
 彼とは今が初めての顔合わせなのに、どうしてこんな冷たい態度をとられるんだろう?

「あの……」

「ああ、ごめんね。自己紹介が遅れたよね。僕は2年の崎原 洸一。最近、よく生徒会のお手伝いをさせてもらってるんだ」

「そうなんですね。こちらこそ、よろしくお願いします」

 握手を求めて手を差し出したけど、彼は軽くオレを見ただけで返してくれない。それどころか、自分のことなんて知らなくても当然だろうけどと、皮肉っぽく付け足すように言われてしまった。
 その後の空気はとにかく気まずくて、差し出した手を引っ込めるのも、続く会話も思いつかなくて居心地が悪い。なんとかこの場を切り抜けるようと、視線を部屋中に彷徨わせて1つだけ良い事を思いついた。
 
「崎原先輩、お茶なんか一緒にいかがですか?」

 一緒にお茶でもすれば少しくらいは気持ちが和むかもしれない。一縷の望みを託して誘ってみるけれど、彼ときたら怪訝そうな顔をまったく崩しもしない。

「お茶? そんなもの……」

「いいじゃないですか、ちょっと休憩しましょう」

 強引にそう言うと準備をするために部屋の奥にある給湯室へと向かった。
 以前春日さんがそうしていたように、オレは手早く瞬間湯沸かし器の電源を入れると吊戸棚からティーサーバーを取り出して準備する。引出しにはいくつもの種類の茶葉が綺麗に並んで詰まっていて、やはり迷ってしまう。

「先輩、どんなお茶が好みですか?」

 自分じゃ決めかねて、助け船を求める。様子を見に近くまで来ているくせに、全く聞こえていないかのように答えがない。

「アップルティでもいいですか?」

 なんとなく目に付いたものを手に取ると尋ねてみた。
 茶葉ってどのくらい入れればいいんだろう?
 種類によって量があるらしいけどさっぱり見当がつかなくて、目算でティーサーバーに入れようとしたら大慌てで止められた。

「バカじゃないの? そこにティスプーンがあるだろ? それで茶葉を入れるんだよ」

 支持されて自分の手元を見ると、確かに前に春日さんに作ってもらった時はそれで計ってたななんて記憶がうっすらとよみがえる。

「それに、まずはティポッドを温めないと。……もう、ちょっとどいてもらえる?」

 オレのあまりに酷い手際の悪さに、黙ってなどいられないと一切の道具を奪われた。
 目の前では彼が器用に、そして段取りよく紅茶を入れてくれている。

「自分で言い出したくせに、お茶さえ淹れられないってどう言う事だよ」

 ブツブツと文句を言われながらも、結局オレが満足にできたことはといえば2つのカップをテーブルまで運んだことくらいだから言い返す言葉もない。
 そうは言っても最終的には手伝ってくれたんだから、きっと悪い人じゃないんだろうけど。やっぱり言葉の端々は冷たいままだし、身に覚えはないけれど嫌われるようなコトしたのかな?




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それは恋ですか? 80

 対面にある一人掛け用のソファに腰かけている崎原さんは、優雅な手つきでカップを口元へと運んでいる。それを見取ってから、オレも紅茶を口にした。
 カップを近づけると香りが鼻へと抜ける。紅茶の香りに芳醇なリンゴの甘い香りが相まって、自然と肩から力が抜けて心までが安らいでくるのを感じる。

「気楽なもんだな」

 カップを揺らしながら芳香を楽しんでいるオレの耳に、崎原さんの冷たい声が届いてハッと目を上げる。何が気に入らないというのか、やはりオレを見る目には敵意が感じられて、それに晒されているとこれ以上どうしていいのかわからなくなってくる。

「あの……オレ」

 崎原さんに失礼なことをしたことがあるんだろうか?
 いっそのこと直接本人に聞いた方が気持ちが楽になる。思い切って尋ねようとしたら、オレの言葉を遮るように彼が口を開いた。

「有住くんはここの常連さん? まぁ、当然か。なんたって『姫』なんだし」

「え? ……そんなことないです」

 生徒会室を訪れるのは今回を入れても3回目。もちろん常連ってほどではないから否定したけれど、崎原さんの疑い深い目は変わらない。

「そうなんだ? それにしては随分好き勝手に使ってるよね?」

 誰の許可もなくお茶を始めたことを示しているらしく、チラッとテーブルの上に目線を走らせる。確かに、オレはまだ正規的に生徒会の役員ってわけじゃないから、不味かったかも知れないけど。でもそれは事後承諾でもいいかなって思ったからで……。でもそんなことはこの人にとっては言い訳にしかならないんだろうな。

「……すみません」

「別に、僕に謝られてもね。それに、僕だって部外者だし」

 じゃあ、一体オレにどうしろっていうんだろう?
 崎原さんを知ろうと注意深く見ていても、ますますわからなくなってくる。

「それにしたって、あの会長から生徒会に誘われるくらいなんだから。元々交流はあったって事だろ?」

「交流……そうですね」

 生徒会を訪れたのは、『姫』の称号を取り下げてもらうため。深く関わることになったのは、安田たちの事件で自ら『囮』になることを選んでからのことだ。宇佐木とも春日さんともそれから一気に近づいたんだよね。
 そんなことを思い出していると、気に入らなそうな咳ばらいが聞こえた。

「やっぱり、キミが『姫』だから?」

「え……?」

「そうだろ? 『姫』であるキミが生徒会に入れば注目度が高くなるのは当然だ。いい広報が手に入ったもんだよね」

 尋ね返したオレに、詳しく説明をするように崎原さんは言った。
 会長の思惑はそうなのかも知れない。改めて他の人から聞くまでもなく、生徒会に誘われた時にオレ自身そう思ったことだ。だけど、自分にはその利用価値があるのかさえわかっていない。

「否定しないんだ? じゃあ、それ以外に自分には何の取り得もないってわかってるってこと?」

 辛辣な言葉にオレは返すことも出来ず黙ってしまう。
 春日さんや会長のように頭脳明晰って訳じゃないし、祐樹のように情報に長けてるわけでもない。はっきり言ってここの生徒会に役に立つのかなんて全く先が見えてないんだ。

「それじゃ、ダメですか?」

「え?」

「確かに、オレじゃ役に立たないかも知れないけど。それでもなんとかしたいって思うのはダメですか?」

 『姫』とかそういう付属物がないと、何の特技も持たないオレが生徒会に入ってもいいことにならないのかな?

「なに言ってるの? そんなの僕が知るわけないだろ!」

 オレの真剣な問いかけに弱腰になったのか、それを隠すような強い言葉で切って捨てるように言うと崎原さんはソファから立ちあがった。逃げるように自分のカップを持つと、給湯室へ行ってしまう。
 1人残されたオレは、カップを手のひらで包むように持ち直す。すっかり冷たくなってしまったそれからは、先程までの香しさは残っていなかった。



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それは恋ですか? 81

 生徒会室に和泉が来たのは、崎原さんが給湯室に入ってから少し後のこと。
 ノックの音がして扉に顔を向けた時には、自分で扉を開けて入室してくる彼と目が合った。嬉しげにフワッと笑うとオレの方へとやってくる。

「有住くん、ごめんね。掃除当番と日直で遅くなっちゃって」

「日直も? それはお疲れ様」

 日直に当たるとその日一日の最後に学級日誌を書きあげて職員室まで届けることになっている。しかも2人で一組だから揃って持って行くことになっていて面倒なんだ。授業が終わったら黒板をキレイに消さなきゃならないし、それ以外にも細々とした仕事がある。

「でも、それだけじゃないんだけどね」

 申し訳なさそうな含みを持たせた言い方で、伏見に引き止められてたのだろうって、すぐにピンときた。
 それにしても噂にたがわず和泉と伏見の逢瀬って頻繁なんだな……。
 感心すらしてしまうほどの仲睦まじさなのに、2人がただの幼馴染みっていうのはやはり違和感がある。
 そんなことを思ってしまうあたり、オレもこの学園の影響をかなり受けてるって自覚する。入学するまでは男同士でなんてありえないと思ってたのに、すっかり自分自身が毒されちゃってるし……。
 チラッと宇佐木のことが脳裏を掠めて、今頃どうしてるのか気になった。

「そうそう。宇佐木くんが終わるまで図書室で待ってるって言ってたよ」

「宇佐木が?」

 聞き返すと和泉が頷いてくれた。
 あまりにもタイミングが良すぎる話の切り替えに、まるで頭を覗かれたみたいで頬が熱くなる。
 それにしても、伝言を頼むくらいなら、直接会いに来て言ってくれればいいのに……。
 朝に昇降口で別れたっきりになっていたことを思い出して寂しくなる。こちらから会いに行かないと、宇佐木には会えないのかな? それって、アイツはオレに会えなくても何の問題もないってこと?
 そんなことを思うとツキンと胸が痛む。自分から会いに行けばいいだけなのに、そうすることで迷惑だとか重いとか思われたくない。
 考えがネガティブな方へとばかり働いて、なんだか今日は変だ。こんな気持ちで宇佐木に対面するのはイヤだな……。

「行ってあげてね。なんだかずいぶん心配してたから」

 どうして宇佐木が心配なんてしてるんだろう。もしかして、昼休みに上級生から絡まれたことを誰かから聞いたのかな?

「へぇ……、さすが。『姫』ともなると行き帰りもエスコートつきなんだ」

「……崎原さん」

 冷ややかな声がして、オレは和泉からそちらへと目を向けた。
 表面的には穏やかで優しそうな顔なんだけど、目の奥に宿るものは先程までと変わることなく冷たくて、彼が一体何を考えているのかわからない。

「宇佐木っていうと、球技大会でうちの会長ペアを打ち負かしたっていう……?」

「そうです。僕も見たかったな。だってあの試合はこの学園の歴史に残るかもって……」

 和泉は残念そうにしながらも無邪気に応じていた。崎原さんの表情が皮肉っぽく引き攣って冷笑する。

「へぇ……。それは僕も見てみたかったな」

「崎原先輩も見てないんですか?」

「ああ、自分の試合があったからね。残念だよ」

 さも残念そうにそう言うと、崎原さんは「でもさ……」と続けた。

「2人の騎士を両天秤に掛けた『姫』ってつくづく計算高くて残酷だよね」

 オレには全く目も向けず、彼は和泉に同意を求めるように言った。

「全校生徒が見守る中、哀れにも敗者を決めておいて。自分はそのどちらも手に入れたんだからさ」
 
 オレに対して悪意が籠められた言葉を聞いて、和泉は事態が呑み込めない様子で困ったようにオレと崎原さんを交互に見ていた。

「何も知らないくせに……」

 自然と口をついて言葉が出て行く。
 結果だけを見れば、崎原さんの言う通りなのかも知れない。オレはあの試合を止めることができず、なのに宇佐木と春日さんを失わずに済んだんだから。だけど、まるでオレが意図的にあの決闘を2人に仕向けさせたような言い方には、憤りを感じずにいられない。

「そうだよ。僕は何も知らない。だけど、そんな風に思ってるのはなにも僕1人だけじゃないと思うけどね?」

 内部事情を知らないことをあっさりと認められて、その上それが大多数の意見だと改めて示されるとその正当性に手も足も出ない。

「気をつけた方が良いんじゃない? 嫉妬に狂った誰かにせいぜい危害を加えられないようにさ……もうすでに始まってるかも知れないけどね?」

 崎原さんが意味深にニヤリと笑うのを見て、朝の出来事を思い出した。
 すでに始まっているという事は、これからも続くって事……?

「あれ? 顔色が悪いけど、もしかしてすでに身に覚えでもあるのかな?」

 オレの顔を覗き込みながら崎原さんは、「こわいよねぇ」なんて言うと声を殺すこともせずにクスクスと楽しげに笑っている。

「有住くん……」

 心配そうな和泉の声がした。崎原さんの言葉を認めるのが嫌で、無理矢理に笑顔を作ろうと努力するけど顔が引き攣ってしまう。

「大丈夫……だから」

 和泉を安心させようとそう言った時、生徒会室の扉が開いて春日さんが東条会長と一緒に戻ってきた。
 2人はそれまでの会話を止めると、訝しげな顔をして不自然に固まったオレたちの方へと意識を向ける。

「ありす、何かあったのか?」

 何も知らないはずの春日さんがオレを見て尋ねてくる。
 こんな状況を見て何もなかったなんて言っても信頼されるはずがない。

「春日先輩……」

 でも本当のことを言ったとしても、だからってどうなるんだろう? きっとどうにもならないんだ。自分でなんとかしなくちゃ、昼間みたいに守られてばかりではいられないんだから。

「なにも……。何もないですよ」

 大きくかぶりを振って今度こそ上手ににっこりと笑ってみせる。
 それでもきっと、春日さんには隠し通せない。そんなことは解りきったことだけど、踏み込ませない。

「……そうか?」

 オレの意思を感じ取ってくれたのか、しぶしぶながらも春日さんはそれ以上何も言わずに引いてくれる。オレからは何も聞き出せないと知り、春日さんは和泉と崎原さんへと視線を走らせて情報を得ようとしてるみたいだ。もちろんその2人も何も言わない。

「先輩、早速で申し訳ないんですけど……始めてもらってもいいですか?」

 納得いかなそうな顔をしている春日さんに声を掛け、緊張した空気を無視してオレは催促する。どうしても話そうとしない頑なな態度に諦めを感じたのか、彼はふうっと溜め息を吐くとオレの要求に応じて生徒会の仕事について説明を始める気になったみたいだ。
 生徒会室を覆う張り詰めていた空気が、氷が融けるかのように徐々に緩まっていくのを感じる。そんな中、崎原さんが何かを言いたげにオレを見ていたけれど気づかないフリをした。



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それは恋ですか? 82

 あれからもう1時間は経ったくらいだろうか?
 春日さんから仕事についての説明を聞いたあと、別の部屋で簡単な書類整理を頼まれたオレは、窓から差し込む光の角度からそう推測する。
 あのまま生徒会室にいるのは息がつまりそうで辛かったから、倉庫のようなこの部屋で作業を指示された時にはホッと胸を撫で下ろした。
 それにしてもずいぶんたくさんの資料だな……。
 部屋を見渡してそんなことを思う。
 春日さんの説明によると、この部屋には学園創立から今までの、ありとあらゆる書類が置かれているらしい。部屋の奥の棚へと目を向ければ、すっかり色が変わって古ぼけた何かの議事録らしいものが立てて置かれていて、その外観だけで歴史を感じることができる。
 本当に古い学校なんだ、白鴎って……。
 そんなものを見ると改めて実感する。校舎も全体的にクラシカルな造りだし、時計塔の建物も今どき木造で、知らなかったわけじゃなく、気に留めたことがなかった。
 頼まれていた仕事が一段落して、手を休めると棚の中に歴代の卒業アルバムを発見する。中を確認してみたいけれど、掃除もされていないのか埃まみれで手をつける気になれない。
 残念だけど、また今度にしよう……。
 諦めをつけると扉へ向かう。その内に時間を見つけてこの部屋の掃除もしてやろう。その時までのお楽しみとして残しておくのも悪くない。

「ありす」

 忘れ物の確認をしていると、扉が開いてそこに春日さんが立っていた。オレにこの部屋で仕事をするよう指示したのは春日さん自身なのに、心配そうな顔なんかしちゃってどうしたんだろう?

「それくらいの仕事で時間をかけ過ぎだ。……まったく、中で倒れてるんじゃないかと思っただろう?」

 ぽかんと彼を見ていると、急に不機嫌になって怒られてしまう。
 もしかして……。

「心配してくれた、んですか?」

 自分が想定していた時間になってもオレが生徒会室に戻らないから、何かあったのかと思ってわざわざ見に来てくれたんだ?

「それ以外に何がある?」

 憮然とした顔で言い放ったその言葉が、春日さんの少しひねくれた性格を物語っていて。笑いを押さえようとするのに可笑しくて堪え切れない。

「すみません、春日先輩」

 決して笑い事じゃないのはわかっていても、こんな部屋の中で倒れちゃうほどオレはか弱くないんだけど。一体春日さんのオレへのイメージってどんなのなんだろう。

「今から戻るつもりだったんです。本当ですよ?」

 ひとしきり笑いながら、オレは春日さんが開けたままにしてくれている扉を通り抜け廊下へと出る。
 窓を開けていなかった室内は熱気がこもっていたようで、涼しくて気持ちがいい。

「ありす、今日は疲れただろう? 災難続きだったようだからな」

「……別に、疲れてなんか」

 ないんだけど……。春日さんはオレの意見など聞いてくれそうにもないから声が後になるほど細ってしまう。
 それに、災難続きってどういう意味なんだろう?
 彼の目の前で起こった災難は、オレが上級生に絡まれた昼休みの出来事しかないはずなのに、それ以外に何かを知ってるって事?

「今日はもういいから、帰って充分休んでいろ」

 じぃっと春日さんを見つめていると、わかったなと念を押されて、オレはしぶしぶ同意する。
 生徒会室に置いたままになっていた自分の荷物を取りにいくと、図書室で待っているはずの宇佐木の元へと向かうことにした。

 図書室に入ると読書スペースにいる宇佐木の姿が一番最初に目に付く。
 周りの誰よりも飛び抜けて頭が出ているから、目立っちゃうんだ。こっそりと足音を忍ばせて近づく。もう少しで手が触れるくらいの距離ってところで、くるんっと宇佐木の身体が回ってオレに向き合った。

「ずいぶん遅かったな、ありす」

 宇佐木はオレが忍び寄っていたことなど、すっかりお見通しだったようでニヤニヤと笑っている。それに比べてオレはというと、近づいていることに気付かれていないと思い込んでいたから飛び上がるくらい驚いてしまった。

「なんだよ、気づいてるんならもっと早くそれらしいことしろよっ」

 理不尽な怒りを露わにして、ドキドキする胸を押さえる。それを見て宇佐木は意地悪く笑うと、オレの方へ腕を伸ばしてくる。

「そんな勿体ないこと出来る訳ないだろ? ありすを捕まえる絶好のチャンスなのに」

 宇佐木に腕を捕らえられて、引き寄せられる。
 図書室内には数人の生徒しかいないとはいえ、こんなに堂々と人前で抱きしめられると恥ずかしくてたまらない。

「こ、ら……、宇佐木。放せよっ」

「どうして? ありすがこうしたかったんじゃないのか?」

 足音を忍ばせて近づいた目的を言われて、オレは頭を横に振って違うと否定した。
 オレはただ、宇佐木のびっくりした顔が見たかっただけだったのに、どうしてこんなことになるんだよ。
 じたばたしていると、迷惑だったのか宇佐木の近くで本を読んでいた生徒が、険しい顔をして立ち上がると書棚の方へ行ってしまった。

「……帰るか?」

 さすがに宇佐木もそれを見て不味いと思ったのか、オレを束縛から解放すると隣の椅子に置いていたカバンを肩に掛けて席を立つ。
 そういえば、和泉によると『宇佐木が心配してた』ってことだったけれど。こうして見ている限りは彼に変わった様子など一片も見られない。あれは、一体誰のことを言ってたのだろうとさえ思うほど、オレには宇佐木が普通に感じられた。



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