移動なんてする必要ないとぶつぶつ言う宇佐木を何とか宥めて、オレたちは近くのカフェに入った。
そこはいかにも女性が好みそうなお店で。白を基調にした壁と、ゆったりとしたソファー席が数席。いかにもリラックスを目的に訪れる人が多そうな店の雰囲気に対して、自分たちが醸し出している不協和音は相応しくない感じがする。
それに加えて中途半端な時間とは言えそれなりに客数はあって。チラチラとこちらに注がれている興味本位の視線を感じつつ、オレは案内された席でなるべく小さくなっていた。そんな自分に比べ、3人は完全に周りのことなど意識すらしていないようで。それぞれが自分のスタイルを貫いた形で、完全無視を通している。
それだけ注目されることに慣れているってことなんだろうけど。なんだか微妙な感覚だ。
「ありす、注文は?」
「えっ、あっ、ハイ……ええっと」
そわそわしていると突然宇佐木から声を掛けられて、大慌てでメニューを手に取る。
まったく頼むものなんて考えてなかった……。どうしようとあれこれ悩んでいるうちに会長や宇佐木は最初から決めていたかのように『コーヒー』を頼んでいた。
高校生でコーヒーって……ずいぶん渋くないのか? なんて思いつつ、散々迷った挙句にアイスティーを頼んだ。
ひとまずホッとして、手に持っていたメニュー表を閉じると、会長がオレを見てニヤニヤしている。
「学園内で散々注目されているであろう『姫』がこんな所で緊張してるとは。なかなか初々しくて可愛い反応をするじゃないか」
「なっ」
学園内でのことにはこれでも随分慣れてきたつもりだ。けれど、外でこんなに異性から注目を浴びるのはまた違う。それをどう伝えればいいものか、説明がすぐには出来なくて言葉に詰まってしまう。それに、半分以上はオレ以外への熱視線だと思う。だってここには白鴎の『騎士』が3人もそろっているんだ。
自覚がないのか、それともわかっていて平然としているのか。おそらく3人とも後者なんだろうけど。彼らを見ていると同じ男としてコンプレックスを刺激されるよりも、差があり過ぎて妬みすら感じない。
「そういうのは、もっと別の誰かに言ってあげてください。オレなんか……」
「何を言ってる、そんじょそこいらに居るのより、ありすの方が可愛い」
会長の歯の浮くようなセリフに、オレはどう対処すればいいのか理解しかねる。
それまで黙って聞いていた宇佐木が、明らかに不機嫌そうにしているのをビシビシと隣から感じて、いつ何を言い出すのかと思うと気が気でない。こんな場所でオレのもの発言などされたら恥ずかしすぎる。
「そ、……そんなことより。今はもっと大事な話があるでしょう? ちゃんと……」
話を元に戻してもらおうとする。
ここへは宇佐木が言った事の真相を話すために来たのであって、そうでないと場所を移した理由がない。
オレの言葉を受けて、会長は「ああ……」と思い出したかのように言って、そして興味なさそうに冷たい口調で「そうだったね」と続けた。
「話を、聞いてあげるよ」
東条会長は椅子に深く腰を掛けると、腕を組んで宇佐木を真っ向から見据えた。
いかにも宇佐木の挑戦を受けて立とうという、王者の風格を漂わせていて。知らず知らずオレは生唾を飲み込む。対峙する宇佐木はと言えば、そんな会長の態度を鼻で笑うかの余裕を見せつけて、こちらも負けてはいない。
「俺はただ、今回のことで生徒会が後手後手に回った理由が知りたいだけだ」
じっくりと間合いを見極めるように、宇佐木は静かにそう言った。
そんなもの、と会長は言いかけて。でもすぐに口を閉ざした。
「まさか、情報が入って来なかった……なんて理由はないよな? あの時、すでに安田の溜まり場まで突き止めていたくらいだ。つまり、それくらい調べられる程度の情報網は持ってるってことだろう?」
あの時? 安田の溜まり場? オレが街で奴らに捕らえられた時、宇佐木が知り合いの高橋って人に頼んであの場所に先回りしてもらってたんだとは思ってたけど。場所を特定してたのは……。
「そうだよ、ありす。俺たちはすでに安田たちの根城をすでに知っていた。それは本当だ。佐伯くんからの連絡で、すぐにそこに連れていかれたんだとわかってた」
「……そう、だったんだ」
そんな話。オレは全然、知らなかった。
思えば、聞いたこともなかったのだから、宇佐木たちも話す必要はなかったわけで。どうしてあの場所に、自分とは面識もない高橋さんが先に到着していたのかなんて、考えたこともなかった。ただあの人が宇佐木の知り合いで、あの場に居た安田たちの取引相手らしい奴とも顔見知りのようだったから、それで味方をしてくれているんだろうって単純に思ってた。
宇佐木の言葉を肯定するように、春日さんがそれを認めて補足してくれる。
「それなのに、崎原を監視していた生徒会が、あいつが何をするつもりだったかわからなかったなんて。あり得ない、よな?」
「それは、俺たちのことを買いかぶりすぎってものだ」
会長は未だ認めるつもりはないらしく、そう言うと不敵に笑った。
でも宇佐木も追求する手を緩めるつもりはないらしく、ふんっと鼻先で笑うとまた言葉を続ける。
「よく言う……。崎原がありすのことを調べていることも、予め知っていたんだろう?だから何が起こるのか観察するために、崎原とありすを2人っきりにしてみた……違うのか?」
「えっ……あれも意図的だったって言うのか?」
確かに2人して生徒会室を空けるなんて、珍しいとは思ったけど。
「……でも、何のためにそんなこと?」
あの時には安田たちの件は一段落していたし、生徒会は崎原さんの行動を監視するだけだったはずだ。でも、どうして彼を監視する必要があったんだろう。
彼は嫌々安田に協力をさせられていただけのはずだ。
「証言者が必要だったんだろう? 安田たちがやっていた全貌を知っているヤツの」
「全貌……? どうして? 証拠品ならたくさん押収出来たって……それだけで」
宇佐木が出した答えに、オレは今1つ理解ができなかった。
崎原さんは安田たちの悪事全てを知っている数少ない被害者だ。あの事件にかかわった人はもちろん、被害者だって名乗りを上げない理由もわかってる。だけど……。
「……不十分なんだよ」
春日さんが静かに答えた。
会長は牽制するように彼を見たけれど、春日さんは一度口にした言葉を引っ込めるつもりはないらしい。
「安田たちは黙秘を続けているし、被害者は名乗り出ない。学園の外に流出した可能性もある。到底内部で収まりそうにもない大事件なんだ。これが保護者たちの耳に入ればただじゃ済まない」
まさしく学園の存亡にかかわる……ね、と春日さんはつけ足し、そして運ばれてきてすっかり冷めてしまった紅茶に手を伸ばした。
その隣で会長は思ってもみない腹心の裏切りにあって、すっかり諦めたみたいだ。
「どうせ今日、病院へ来たのは、崎原と取引をするためなんだろ?」
「そこまでわかるのか……さすがだな」
会長はそれに対してはぐらかすつもりもないようで、あっさりと認めるとさらにそれについて称賛した。宇佐木はその開き直った態度が気に入らないようで苦々しい顔をしている。
「何が目的なんだ? 理事長に恩を売りたかったのか?」
「恩を売る……か。そうだな、それも一理ある」
悩むように答えて、会長はオレに向かってその冷たい笑みを向けた。
「思いのほか魅力的な囮役を得られて、思う存分使ってみたくなった。それでなくてもつまらない学園生活だ。刺激が欲しくなるのは当然だろう?」
「か……い、ちょう?」
「でも、そんな怪我をさせることになるとは思ってもなかった。それは本当だよ、ありす」
その端正な顔を見て、オレはようやくどうして会長の前だと緊張するのかわかった気がした。
彼は最初っから自分以外を認めてなんていない。
ただの手持ちの駒。それをどのように使うか、そんな風にしか周りのことを見ていないから、いくら近くに居ても遠くにいるような距離を感じるんだ……。
結膜炎で目が痛くて仕方ない
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会長を責めてみたところで、彼の考え方が変わるとは思えない。オレや宇佐木とは根本的なトコロが違うから。だけど、春日さんは……? 彼も全てをわかってて、会長がやろうとしていることを容認していたのかな?
「保は最後まで反対だったな」
「だが、最終的にはお前に協力したんだ。結果は変わらない」
会長はオレの視線が春日さんに向けられていることに気づいたようだ。自分を擁護しようとした会長の言葉を、春日さんはすぐさま拒絶するように否定すると、「自分の立場を正当化するならば……」と前置いた。
「学園を守るために、ありすには『姫』としての役割を果たしてもらっただけだ。それに、囮を買って出たのはありす本人。多少のリスクは覚悟の上だろう?」
「だけど、そんなの」
非道く身勝手な言い分だと思う。オレが自らを囮として使って欲しいと言ったのは間違いない。けれど、それが崎原さんの件にまで及んでいたなんて、思ってもいなかったし。何よりも、それらを『姫』としての役割なんて考えたこともなかった。
「じゃあ、……最初からそのつもりで?」
春日さんがオレに近づいてきたのは、スムーズに自分たちの計画を進めるために必要だったから。宇佐木に『姫』の争奪戦を持ちかけたのも、オレとの繋がりを堅固なものにするためで。生徒会入りすることも計画の内。
春日さんのことは、兄のような存在に思ってたから。その気持ちを利用されてたと思うと、辛くて、悔しくて、それ以上に寂しかった。
「ありすにはどう言われても仕方ないと思ってる」
春日さんは何もかも覚悟の上で会長に協力してたんだ。
自分のやったことを弁解するわけでもなくただ認められてしまったら、逆に責められなくなってしまう。
「卑怯ですよ……そんなの」
小さな声で非難し、テーブルの上のアイスティーへと視線を落とした。
今まで好いように利用されて騙されていたことから考えると、これだって春日さんの策略なのかも知れない。オレの性格をよく知っているから、一番いい手段を使って最悪を回避しているだけで。……そう思うと何が真実で、偽りなのか混乱してくる。
「ともかく。これで崎原の証言を得られるのは確かだし、安田が起こした事件も完全に解決する。理事長も宇佐木の働きにはとても満足してくれるだろう」
「な、にを言い出すのかと思えば……そんなことどうだっていいんだよ」
互いを探り合うような気まずい空気を破り、微妙な沈黙を壊したのは会長だった。
突然話を振られた宇佐木は、困惑気味に言い返す。わざわざ理事長のことを持ち出した理由がわからない。
「どうでもいい? そんなわけないだろ?」
意味ありげにそう言うと、すっかり飲み頃を過ぎたコーヒーを口にする。
そしてゆっくりとカップをソーサーに置くと、改めて話し出した。
「今回の功績を認めて、バイクの免許取得については不問にしてやる。もし断わるというなら、最低でも謹慎処分は覚悟しろよ?」
「なんだよ、それ。脅しのつもりか?」
「そんなわけがない。これは取引だ」
いつの間に調べ上げていたのか、宇佐木のバイクのことまで知ってるなんて。やはり宇佐木の言う通り、会長も侮れない情報収集力を持ってる。
まさかそんなことをこの場に持ってこられるとは思っていなかったのか、宇佐木はグッと言葉に詰まって会長を見据えた。
「お前が不在の間。守りを失ったありすがどうなるのか。火を見るより明らかだ」
「そんな……宇佐木。オレは大丈夫だから」
「そう言って今までに何度、危ない目に遭ったと思ってるんだ、ありす?」
会長はオレの言葉を、あっさりと一笑に付す。
それで気がついた。バイクの件を持ち出したのは、ただのフェイクで。会長の真の目的は、オレなんだ……。
そんな脅しになんて負けて欲しくないのに、結局オレ自身が宇佐木の足を引っ張ってる。どうしよう、どうすれば……いい?
悩んでいると宇佐木がオレの頭に手のひらを乗せた。それが心配するなと言っているようで、オレは彼を見上げる。
「わかった……」
「宇佐木、そんな……」
「物わかりのいい奴は好きだよ」
宇佐木の承諾の言葉に、会長は満足そうに頷いている。
そして取引は成立だなと言うと、テーブルに置かれていた伝票を手元に引き寄せた。
「保、そろそろ行くか……?」
「ああ」
言葉も短く、2人は立ち上がると出口へ向かった。
今度はもう引き止めることもせず、その背中を見送る。
こちらの言い分を認めさせたにも関わらず、この敗北感と後味の悪さはどうしたことなのか。
「宇佐木……オレたちも行こうか?」
脱力感を感じながら、オレは隣の宇佐木に声を掛けた。
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