2013年10月 の記事一覧

それは恋ですか? 105

 移動なんてする必要ないとぶつぶつ言う宇佐木を何とか宥めて、オレたちは近くのカフェに入った。
 そこはいかにも女性が好みそうなお店で。白を基調にした壁と、ゆったりとしたソファー席が数席。いかにもリラックスを目的に訪れる人が多そうな店の雰囲気に対して、自分たちが醸し出している不協和音は相応しくない感じがする。
 それに加えて中途半端な時間とは言えそれなりに客数はあって。チラチラとこちらに注がれている興味本位の視線を感じつつ、オレは案内された席でなるべく小さくなっていた。そんな自分に比べ、3人は完全に周りのことなど意識すらしていないようで。それぞれが自分のスタイルを貫いた形で、完全無視を通している。
 それだけ注目されることに慣れているってことなんだろうけど。なんだか微妙な感覚だ。

「ありす、注文は?」

「えっ、あっ、ハイ……ええっと」

 そわそわしていると突然宇佐木から声を掛けられて、大慌てでメニューを手に取る。
 まったく頼むものなんて考えてなかった……。どうしようとあれこれ悩んでいるうちに会長や宇佐木は最初から決めていたかのように『コーヒー』を頼んでいた。
 高校生でコーヒーって……ずいぶん渋くないのか? なんて思いつつ、散々迷った挙句にアイスティーを頼んだ。
 ひとまずホッとして、手に持っていたメニュー表を閉じると、会長がオレを見てニヤニヤしている。

「学園内で散々注目されているであろう『姫』がこんな所で緊張してるとは。なかなか初々しくて可愛い反応をするじゃないか」

「なっ」

 学園内でのことにはこれでも随分慣れてきたつもりだ。けれど、外でこんなに異性から注目を浴びるのはまた違う。それをどう伝えればいいものか、説明がすぐには出来なくて言葉に詰まってしまう。それに、半分以上はオレ以外への熱視線だと思う。だってここには白鴎の『騎士』が3人もそろっているんだ。
 自覚がないのか、それともわかっていて平然としているのか。おそらく3人とも後者なんだろうけど。彼らを見ていると同じ男としてコンプレックスを刺激されるよりも、差があり過ぎて妬みすら感じない。

「そういうのは、もっと別の誰かに言ってあげてください。オレなんか……」

「何を言ってる、そんじょそこいらに居るのより、ありすの方が可愛い」

 会長の歯の浮くようなセリフに、オレはどう対処すればいいのか理解しかねる。
 それまで黙って聞いていた宇佐木が、明らかに不機嫌そうにしているのをビシビシと隣から感じて、いつ何を言い出すのかと思うと気が気でない。こんな場所でオレのもの発言などされたら恥ずかしすぎる。

「そ、……そんなことより。今はもっと大事な話があるでしょう? ちゃんと……」

 話を元に戻してもらおうとする。
 ここへは宇佐木が言った事の真相を話すために来たのであって、そうでないと場所を移した理由がない。
 オレの言葉を受けて、会長は「ああ……」と思い出したかのように言って、そして興味なさそうに冷たい口調で「そうだったね」と続けた。

「話を、聞いてあげるよ」

 東条会長は椅子に深く腰を掛けると、腕を組んで宇佐木を真っ向から見据えた。
 いかにも宇佐木の挑戦を受けて立とうという、王者の風格を漂わせていて。知らず知らずオレは生唾を飲み込む。対峙する宇佐木はと言えば、そんな会長の態度を鼻で笑うかの余裕を見せつけて、こちらも負けてはいない。

「俺はただ、今回のことで生徒会が後手後手に回った理由が知りたいだけだ」

 じっくりと間合いを見極めるように、宇佐木は静かにそう言った。
 そんなもの、と会長は言いかけて。でもすぐに口を閉ざした。

「まさか、情報が入って来なかった……なんて理由はないよな? あの時、すでに安田の溜まり場まで突き止めていたくらいだ。つまり、それくらい調べられる程度の情報網は持ってるってことだろう?」

 あの時? 安田の溜まり場? オレが街で奴らに捕らえられた時、宇佐木が知り合いの高橋って人に頼んであの場所に先回りしてもらってたんだとは思ってたけど。場所を特定してたのは……。

「そうだよ、ありす。俺たちはすでに安田たちの根城をすでに知っていた。それは本当だ。佐伯くんからの連絡で、すぐにそこに連れていかれたんだとわかってた」

「……そう、だったんだ」

 そんな話。オレは全然、知らなかった。
 思えば、聞いたこともなかったのだから、宇佐木たちも話す必要はなかったわけで。どうしてあの場所に、自分とは面識もない高橋さんが先に到着していたのかなんて、考えたこともなかった。ただあの人が宇佐木の知り合いで、あの場に居た安田たちの取引相手らしい奴とも顔見知りのようだったから、それで味方をしてくれているんだろうって単純に思ってた。
 宇佐木の言葉を肯定するように、春日さんがそれを認めて補足してくれる。

「それなのに、崎原を監視していた生徒会が、あいつが何をするつもりだったかわからなかったなんて。あり得ない、よな?」

「それは、俺たちのことを買いかぶりすぎってものだ」

 会長は未だ認めるつもりはないらしく、そう言うと不敵に笑った。
 でも宇佐木も追求する手を緩めるつもりはないらしく、ふんっと鼻先で笑うとまた言葉を続ける。

「よく言う……。崎原がありすのことを調べていることも、予め知っていたんだろう?だから何が起こるのか観察するために、崎原とありすを2人っきりにしてみた……違うのか?」

「えっ……あれも意図的だったって言うのか?」

 確かに2人して生徒会室を空けるなんて、珍しいとは思ったけど。

「……でも、何のためにそんなこと?」

 あの時には安田たちの件は一段落していたし、生徒会は崎原さんの行動を監視するだけだったはずだ。でも、どうして彼を監視する必要があったんだろう。
 彼は嫌々安田に協力をさせられていただけのはずだ。

「証言者が必要だったんだろう? 安田たちがやっていた全貌を知っているヤツの」

「全貌……? どうして? 証拠品ならたくさん押収出来たって……それだけで」

 宇佐木が出した答えに、オレは今1つ理解ができなかった。
 崎原さんは安田たちの悪事全てを知っている数少ない被害者だ。あの事件にかかわった人はもちろん、被害者だって名乗りを上げない理由もわかってる。だけど……。

「……不十分なんだよ」

 春日さんが静かに答えた。
 会長は牽制するように彼を見たけれど、春日さんは一度口にした言葉を引っ込めるつもりはないらしい。

「安田たちは黙秘を続けているし、被害者は名乗り出ない。学園の外に流出した可能性もある。到底内部で収まりそうにもない大事件なんだ。これが保護者たちの耳に入ればただじゃ済まない」

 まさしく学園の存亡にかかわる……ね、と春日さんはつけ足し、そして運ばれてきてすっかり冷めてしまった紅茶に手を伸ばした。
 その隣で会長は思ってもみない腹心の裏切りにあって、すっかり諦めたみたいだ。

「どうせ今日、病院へ来たのは、崎原と取引をするためなんだろ?」

「そこまでわかるのか……さすがだな」

 会長はそれに対してはぐらかすつもりもないようで、あっさりと認めるとさらにそれについて称賛した。宇佐木はその開き直った態度が気に入らないようで苦々しい顔をしている。

「何が目的なんだ? 理事長に恩を売りたかったのか?」

「恩を売る……か。そうだな、それも一理ある」

 悩むように答えて、会長はオレに向かってその冷たい笑みを向けた。

「思いのほか魅力的な囮役を得られて、思う存分使ってみたくなった。それでなくてもつまらない学園生活だ。刺激が欲しくなるのは当然だろう?」

「か……い、ちょう?」

「でも、そんな怪我をさせることになるとは思ってもなかった。それは本当だよ、ありす」

 その端正な顔を見て、オレはようやくどうして会長の前だと緊張するのかわかった気がした。
 彼は最初っから自分以外を認めてなんていない。
 ただの手持ちの駒。それをどのように使うか、そんな風にしか周りのことを見ていないから、いくら近くに居ても遠くにいるような距離を感じるんだ……。






 結膜炎で目が痛くて仕方ない
 更新不定期ですみません (>_<)

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それは恋ですか? 106

 会長を責めてみたところで、彼の考え方が変わるとは思えない。オレや宇佐木とは根本的なトコロが違うから。だけど、春日さんは……? 彼も全てをわかってて、会長がやろうとしていることを容認していたのかな?

「保は最後まで反対だったな」

「だが、最終的にはお前に協力したんだ。結果は変わらない」

 会長はオレの視線が春日さんに向けられていることに気づいたようだ。自分を擁護しようとした会長の言葉を、春日さんはすぐさま拒絶するように否定すると、「自分の立場を正当化するならば……」と前置いた。

「学園を守るために、ありすには『姫』としての役割を果たしてもらっただけだ。それに、囮を買って出たのはありす本人。多少のリスクは覚悟の上だろう?」

「だけど、そんなの」

 非道く身勝手な言い分だと思う。オレが自らを囮として使って欲しいと言ったのは間違いない。けれど、それが崎原さんの件にまで及んでいたなんて、思ってもいなかったし。何よりも、それらを『姫』としての役割なんて考えたこともなかった。

「じゃあ、……最初からそのつもりで?」

 春日さんがオレに近づいてきたのは、スムーズに自分たちの計画を進めるために必要だったから。宇佐木に『姫』の争奪戦を持ちかけたのも、オレとの繋がりを堅固なものにするためで。生徒会入りすることも計画の内。
 春日さんのことは、兄のような存在に思ってたから。その気持ちを利用されてたと思うと、辛くて、悔しくて、それ以上に寂しかった。

「ありすにはどう言われても仕方ないと思ってる」
 
 春日さんは何もかも覚悟の上で会長に協力してたんだ。
 自分のやったことを弁解するわけでもなくただ認められてしまったら、逆に責められなくなってしまう。

「卑怯ですよ……そんなの」

 小さな声で非難し、テーブルの上のアイスティーへと視線を落とした。
 今まで好いように利用されて騙されていたことから考えると、これだって春日さんの策略なのかも知れない。オレの性格をよく知っているから、一番いい手段を使って最悪を回避しているだけで。……そう思うと何が真実で、偽りなのか混乱してくる。

「ともかく。これで崎原の証言を得られるのは確かだし、安田が起こした事件も完全に解決する。理事長も宇佐木の働きにはとても満足してくれるだろう」

「な、にを言い出すのかと思えば……そんなことどうだっていいんだよ」

 互いを探り合うような気まずい空気を破り、微妙な沈黙を壊したのは会長だった。
 突然話を振られた宇佐木は、困惑気味に言い返す。わざわざ理事長のことを持ち出した理由がわからない。

「どうでもいい? そんなわけないだろ?」

 意味ありげにそう言うと、すっかり飲み頃を過ぎたコーヒーを口にする。
 そしてゆっくりとカップをソーサーに置くと、改めて話し出した。

「今回の功績を認めて、バイクの免許取得については不問にしてやる。もし断わるというなら、最低でも謹慎処分は覚悟しろよ?」

「なんだよ、それ。脅しのつもりか?」

「そんなわけがない。これは取引だ」

 いつの間に調べ上げていたのか、宇佐木のバイクのことまで知ってるなんて。やはり宇佐木の言う通り、会長も侮れない情報収集力を持ってる。
 まさかそんなことをこの場に持ってこられるとは思っていなかったのか、宇佐木はグッと言葉に詰まって会長を見据えた。

「お前が不在の間。守りを失ったありすがどうなるのか。火を見るより明らかだ」

「そんな……宇佐木。オレは大丈夫だから」

「そう言って今までに何度、危ない目に遭ったと思ってるんだ、ありす?」

 会長はオレの言葉を、あっさりと一笑に付す。
 それで気がついた。バイクの件を持ち出したのは、ただのフェイクで。会長の真の目的は、オレなんだ……。
 そんな脅しになんて負けて欲しくないのに、結局オレ自身が宇佐木の足を引っ張ってる。どうしよう、どうすれば……いい?
 悩んでいると宇佐木がオレの頭に手のひらを乗せた。それが心配するなと言っているようで、オレは彼を見上げる。

「わかった……」

「宇佐木、そんな……」

「物わかりのいい奴は好きだよ」

 宇佐木の承諾の言葉に、会長は満足そうに頷いている。
 そして取引は成立だなと言うと、テーブルに置かれていた伝票を手元に引き寄せた。

「保、そろそろ行くか……?」

「ああ」

 言葉も短く、2人は立ち上がると出口へ向かった。
 今度はもう引き止めることもせず、その背中を見送る。
 こちらの言い分を認めさせたにも関わらず、この敗北感と後味の悪さはどうしたことなのか。

「宇佐木……オレたちも行こうか?」

 脱力感を感じながら、オレは隣の宇佐木に声を掛けた。
 





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それは恋ですか? 107




 
 気分が晴れないのは、得られた結果が意にそぐわないから。最初から最後まで、結局は会長の手のひらで転がされていただけ。時間をおいて、少しずつ整理がつき始めた頭で冷静な思考が出来るようになると、やるせなくて悔しくもなってくる。

「ありす、機嫌直せよ」

 宇佐木の困りきった声に、オレは慰められるどころかむしろ胸が逆立って、むしゃくしゃしてくる。

「だって、……あんなのおかしいだろ」

 会長が出した提案を、無条件で受け入れるなんて。しかも、それを承諾しちゃった宇佐木も宇佐木だ。オレは納得できなくて、こんなにもやもやしてるってのに、どうして平気な顔をしていられるんだ?

「あれは、あの人なりに負けを認めたってことなんだから。気にすることないって」

「……ふぅん」

 あんなに傲慢な態度をとられて、それでも負けを認めてたように見えたのか。オレには見たままの、ただの強要にしか捉えられなかったんだけど。
 思い出すだけで不愉快になるのが宇佐木に伝わるみたいで、「どうどう」とまるで動物を落ち着かせるみたいにたしなめられた。

「最初は頑なに認めようとしなかったあの会長が、副会長に裏切られた上に取引まで持ち掛けてきたんだ。これってかなり凄いことだろ?」

「そう、なのかなぁ」

 同意を求められても、すぐには同調できないけれど。ここしばらく生徒会を手伝う事でオレが知った会長の人となりを思い返せば、そう言われてみればそうかも、なんて少しずつ見解が変わってくる。
 宇佐木に上手く乗せられてる感じもするけど、もしそうだとしても悪くない。

「そんなことより、俺としては副会長の方が気になる」

「え、春日さん?」

 警戒を露わにする宇佐木の言い方に、オレは意表を突かれてぼんやり答えた。
 会長に比べると潔くて。あまりにも割り切ったその態度に、すべてが偽りだったなんて、一概に信じられなかった。

「ありすがあまりイヤな印象を持ってないことが問題なんだ」

「なんだよ、それ」

「ったく、わかってないな」

 ため息交じりに言われるけど、まったくピンと来るものがない。
 だってオレの印象の良し悪しを基準にされても、そこにどういう問題があるのかわからない。

「あっさり自分から手を引かれて、未練を感じなかったはずないだろ?」

「なっ、なんだよ……未練って。オレは、ただ」

「ただ……?」

 宇佐木がオレの言葉尻を繰り返し、じぃっと見つめてくる。
 突き放されたような寂しさを感じたなんて、素直に伝えてもその言葉通りに受け取ってくれるのかな? 変に勘ぐられて、誤解されたくなくて。
 でも何かを言わなきゃ、もっと悪くなりそうな予感だけは強く感じていた。

「……兄弟がいたらこんな風なのかなって、春日さんのことを見てたから。だから全部演技だったのかと思うとショックで……」

 それを春日さんに対する未練だというのなら、その通りなのかも知れない。でも、決して宇佐木が思うような感情を、春日さんに対して想ったことなんてない。
 信じて欲しくて、なるべく正確に伝わるように言葉を選ぶ。

「兄弟……って」

 本気でそう言っているのか? と、確かめるように聞くから。こんな事で嘘をついてどうするんだと、頷きを返した。

「そうか……兄弟、か」

 もう一度繰り返すと、宇佐木はそれまでの真剣な顔を崩して大笑いをしだす。
 あまりの変貌ぶりに、オレは唖然としてしまって。

「な、なにもそんなにウケることないだろっ」

 突然恥ずかしくなって、体温が急上昇するのを感じた。






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それは恋ですか? 108






 空は高く澄み切って、ここしばらくの間どんよりと重々しく広がっていた分厚い雲はすっかりなくなっている。
 どこまでも続く青さに、すぐそこに夏の足音が聞こえてくるような気がした。

「来て良かっただろ?」

 隣にいた宇佐木がどさりと仰向きで転がるのを見て、オレも同じように真似る。
 身体全体を生い茂った雑草が心地いい弾力を持って受け止めてくれている。まるでふかふかのベッドみたいで、でも適度に冷たくて気持ちがいい。

「ああ、そうだな」

 あの後。会長たちと別れてから、オレは宇佐木につれられてどこへともなく歩いていた。目的地も教えてもらえず、ようやく辿り着いたところは車の修理工場だった。久しぶりに出会ったというにもかかわらず、宇佐木は高橋さんと話を交わすとオレをバイクの後ろに乗せた。それから1時間くらいで着いたのがこの場所で。そこは街を離れ、山を1つ越えたところにある湖畔だった。
 自分たち以外に人の姿は今のところ見かけていない。
 久々に周りの視線から解放されて、緊張していた神経が自然と緩まる。

「風も空気も……気持ちいい」

 大きく深呼吸して、寝転がったまま背伸びをするように全身を伸ばした。
 目を閉じれば風が優しく頬を撫でて、前髪を軽く揺らし通り抜けて行くのを感じる。

「ここ……よく、来るのか?」

「ああ、たまにな」

「ふぅん」

 宇佐木はどんな時にここへ来たくなるんだろう?
 辺りをもう一度よく見渡して、そんなことを考える。
 正面には小さなさざ波を立てている湖面が、キラキラと太陽の光を乱反射させて全体が光ってるみたいに見えた。
 こんなに綺麗な場所なのに、人気は少なくて。穏やかで静かな時間が流れていくのを感じる。
 1人になりたいときに来るのか、それとも……。

「言っとくけど、ここへ誰かを連れて来たのはありすが初めてだ。ここはとっておきの場所だから、誰かを連れてきたいなんて、今まで思ったこともなかった」

「へっ……、えっ?」

 釘を刺されるみたいに宇佐木に言われたオレは、かなり素っ頓狂な声を出してしまった。自分の思考が外に漏れてるんじゃないかと本気で心配になる。それほどタイミングが良かったから、飛び起きてしまった。

「なっ、な……」

「それくらい、見ていればわかる」

 思うように言葉が出てこないオレの質問にさえ、宇佐木はあっさりと答えた。
 見ているだけでわかるくらい、オレってそんなに単純なのか……?

「そんなだから、手玉に取られるんだ」

「……」

「だから、……放っとけない」

 仰向きで寝そべっている宇佐木が腕を伸ばしてきて、向き合って座っているオレを捕らえた。引き寄せられて、彼の上に被さるようにオレは地面に四つ這いになる。

「ちょ……、宇佐……」

「大丈夫。誰も来ないって」

 やけに手慣れた感じで、頭の後ろに手のひらが髪の内側に潜り込んでくる。
 その感触に背中がゾクッとして、抵抗しようとする身体の力が不意に抜けていくのを感じた。
 突っぱねていた腕がカクンと折れて、計らずとも宇佐木の胸にオレの上半身が沈む。
 
「そういうんじゃなくって……オレがっ」

 嫌だって言ってるのに、宇佐木は全く耳を貸そうともしてくれないで。どうやったのかもわからないうちに、身体の上下が入れ替わってしまう。

「恥ずかしいんなら、俺が覆い隠してやるから」

 力任せに押さえつけられてるわけでもないのに、身体の自由が全く効かない。
 上半身を完全に宇佐木の身体で覆われて、オレは観念すると目を閉じた。
 多分、がむしゃらに暴れれば解放してもらえることはわかってて。そこまでして抵抗するほど嫌じゃないと思っている自分がいるのを、静かに受け入れた。





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それは恋ですか? 109




 どうしよう……?
 さっきからそれしか頭に浮かんでこなくて。焦れば焦るほど思考は同じところをぐるぐる巡っている。
 何かを言わずにはいられなくて、オレは意を決すると宇佐木の背中に向かって呼びかけた。

「あっ、……あの。宇佐木」

「ん?」

「ここって、どういう場所……?」

 そこは湖から少し離れたところに建っているログハウスの一室。
 戸惑うオレの手を引いて、自分の家かのように慣れた感じで鍵を開けた宇佐木は、いくつもの扉の前を素通りすると、一番奥の部屋へ迷うこともなく入って行った。
 ドンと中央にかれた大きなベッドを見る限り、そこが寝室だってことは一目瞭然。その上、前もって準備された清潔そうな寝具はオレたちが来ることがわかっていたかのようで、頭はますます混乱状態だ。

「別荘」

「そうじゃなくって」

 そんなことすぐに見当がつく。オレが知りたいのは、そんな答えじゃなくて。こんな場所を一介の高校生が利用できるとは到底思えない。

「なにも心配することないから、気にするな」

「そんなの、気にするに決まってんだろっ?」

 食い下がって説明を求めるオレに、宇佐木は明らかに面倒そうな顔をした。それでもオレは自分の考えを曲げてまで丸め込まれてやるつもりは一切ない。
 にらみ合いがしばらく続いて、オレの意志が固い事を悟ったのか、結局宇佐木の方が仕方なさそうに折れる。

「借りたんだよ、高橋から」

「高橋って……あの?」

 そう言えばここに来る前に会ったっけ……。
 出発する前に宇佐木が高橋さんと会話を交わしてたのをぼんやりと思いだす。どんな内容を話していたのか聞こえてこなかったけど、そんなことになってたのか。
 にしても、高橋さんって何者なんだ……?
 得体の知れない感じに、オレの疑問はますます深まる。

「高橋はここいらの地域じゃ有名な大地主で。この付近一帯も私有地として持ってる」

「へぇ……」

「前にスポーツクラブに連れてこられただろ? あそこはヤツの親父さんが経営してる施設だ」

「そう、なんだ……」

 部外者のオレが誰からも注意を受けなかったのはそのためだったのか。
 経営者の息子と言われても、彼からは甘やかされて育った感じは受けない。けれど高橋さんから感じる威圧感は並大抵ではないから、やはり生まれ持った資質ってものなのかも。と納得する。

「どうして、そんな人と知り合ったんだ……?」

 ずっと不思議に思っていた。
 宇佐木とは年齢も随分離れていそうなのに、すごく固い絆を感じる。いつからの知り合いで、どんな関係なんだ……?
 気になるのか? と問われて、オレはこくんと頭を縦に振って頷く。

「出会ったのは俺がバイクに興味を持ったころだ。今日行ったあの修理工場によく通ってたんだ。アイツはその頃からこの一帯をまとめ上げるグループのリーダーで。一緒に居れば乱闘に巻き込まれることも多かった。お互いに自分たちの強さを認めてるから、ぶつかることは今までに一度もないけど……」

 懐かしそうにそんなことを語る宇佐木が、自分の知らない別人のような気がした。
 でも、宇佐木がケンカ慣れしてそうに見えたのは、オレの勘違いなんかじゃなかったんだ。

「夜中に寮を抜け出して、夜通し遊んだりとか」

「……夜遊びもしてたのか」

「普通に学園生活しててもつまらないからな。そういう刺激を求めてたって意味では、俺も会長や安田たちと同じかもな」

「……」

 自嘲するかのような宇佐木の声に、オレはぶんぶんと首を横に振った。

「同じなんかじゃない。だって……宇佐木は、誰にも迷惑をかけていないだろ」

 自分の退屈しのぎに他人を巻き込む彼らとは絶対に一緒なんかじゃない。
 否定するオレの手を取り、宇佐木はふっと嬉しげに笑った。そんな宇佐木に、オレは思わず見とれてしまう。

「質問は、それだけか?」

「えっ……?」

「聞きたいことがあるのなら、今のうちだぞ」

 聞き返したオレに、宇佐木は悪戯っぽく笑って。突然『10,9……』とカウントを取り始める。

「ちょっと待っ……」

 急遽始まったそれに対応できず、オレはあたふたと慌てた。
 宇佐木の秒読みは止まることなく続いて。残りわずか3カウントってところで、オレは聞きたかったことを思い出す。

「時計塔!」

「ん?」

「時計塔で告白の意味、オレまだ聞いてなくて……」

 勢いよく叫んだオレに、宇佐木はらしくないほどの動揺を見せた。 
 まさかそれを訊ねられるとは思っても見なかったようで、口ごもると困ったようにオレから目を逸らす。

「知りたいか?」

「当然」

 即答したオレを見て、宇佐木は小さなため息を漏らす。
 どうしたんだろう、そんなに言いにくい事なのかな……?
 少し心配になって顔を上げた瞬間、フワッと身体が宙を舞った。
 抱き上げられたんだとわかった時には、すでにベッドに下ろされていて。
 耳元に宇佐木の小さな声が聞こえた。

「えっ……」

 その言葉にオレは耳まで真っ赤になって。
 宇佐木を見ようとするんだけど、身動きが取れないほどに強く抱き締められていた。

「わかったか……?」

 服の上からでもわかるくらい宇佐木の身体は熱く感じられた。
 だから、見なくてもどんな様子なのかが充分に伝わってくる。


『時が刻み続ける限り、君への愛を誓う』


 そんなメッセージがあるなんて。
 さすがに恥ずかしすぎて面と向かって言えるわけがない。
 知らなかったとはいえ、とんでもないことをさらりと尋ねていた自分も恥ずかしいけど、言わされた宇佐木はもっと恥ずかしかったに違いない。

「宇佐……」

「タイムオーバーだ」

 唇に宇佐木の人差し指が触れて、中途半端にオレの言葉は止められた。
 





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