「え、……どういうこと?」
衝撃を隠せず、2、3度唇をパクパクと動かしてから、ようやくありすの口から言葉が出てくる。
父親の言葉はありすにも聞こえたはずなのに、それを信じられなかったようだ。
「荷物なんて送らせるか、必要なければ処分させればいい。退学手続きは後でも構わないだろう、ともかく広夢は俺と一緒に来ればいいんだ」
ありすの意見など全く訊くつもりはないようで、淡々と連絡事項のように伝える。
「横暴じゃ、ないですか。そんなこと勝手に。ありすの意見を聞いてもいないのに」
「横暴? 違うな、それは。子を思う親としての、これは当然の行動だ。それに、他人の君に意見されるいわれもない」
間違ったことは言ってないという絶対の自信が、強い口調となって俺に向けられた。
「それに。会ってみてはっきりと分かった。息子にとって一番危険なのが誰か……ね」
含みを持たせた言い方は、俺がありすに抱いている感情のことを示しているようで。その視線に殺気のような凄みを感じて、思わずゴクリと息を呑んだ。
つまりはすべての事情を理解した上で、それらからありすを遠ざけようとしている。
彼にこれ以上深みにはまって欲しくないから、軌道修正するためには手元に戻すのが一番の方法だと。俺をやたらに敵視するのは、その為ってわけだ。
「子どもが間違った方向に進もうとしていれば、正しい方へ導くのは当たり前だ」
滔々と澱みなく言い切られて、俺は何も言い返せない。
親なら誰だってそうする。
「……正しい道? 間違った方向?」
ポツリと小さな声がして、それはありすの方から聞こえてきた。
あの学園が外部から遮断された特殊な環境である事は今更どうしようもないことだ。 そしてその中に強く根付いている悪習であり、その権化でもある『姫制度』なんてものに、一番振り回されて迷惑を被っているのはありす本人で。公然とそれらが許されていることを未だに慣れずにいる外部入学者たちは多く、ありすも勿論その中の1人だ。
だから、そんな彼が父親に何を言おうとしているのか、興味と怖れを感じながらその動向を見守る。
「なんだよ、それ。間違ってるなんて、どうして言えるんだよ?」
まるで開き直りのような、ありふれた抗いの言葉。それなのに、それをありすが必死になって言ってることが意外で、嬉しく思える。
「お前だってわかっているはずだ。それともあの学園にそこまで毒されたのか?」
「そんなことっ……」
「もう充分わかったはずだ。お前はどこに行こうと変わらないし、それどころか状況はもっと悪くなってる。俺が知らないとでも思っているのか? 学校でのお前は『姫』などと呼ばれて特別視されているが、本当のところは周りからは距離を置かれ親友らしい親友も作れていないそうじゃないか。それなのに、あまつさえ利用されてそんな怪我まで……。それで心配しないわけがないだろう」
ありすの『でも……だって』という言葉を無視して、彼の父親は一方的にそう言うとこれ以上話しする必要はないとばかりの態度だ。まるで取りつく術がない。
「わかったら、今日中に友達にお別れを言っておくんだ」
「ちょっ……、待ってよ」
「明日には出発するから……お前の部屋はこのホテルにとってあるから、今夜はそこを使えばいい」
すっとカードキーをテーブルに置く。それを黙ったまま、ありすは見つめていた。抵抗したところで親の言う事は絶対。わかっていても素直にそれを聞き入れられるはずがない。悔しさをにじませて、ありすの手がカウチの肘かけの上で震えていた。
「待てよ……、待てってば、誠十郎っ!」
立ち上がって席を離れようとする父親の腕を、パシッと音を立てて捕まえる。
その大きな声にそれまでざわざわとしていたラウンジ内が、俺たちを中心として瞬時に静かになった。
誠十郎? 突然、ありすは父親を名前で叫んだ。でも、俺にはそれがどういう意味を持っているのかわからない。
「ひ……ろむ」
驚きに目を見張り、男は自分の息子をようやく顧みる。
「さっきから好き勝手なこと……」
興奮で感情の制御が効かないのか、目に涙が溜まって今にも泣き出しそうだ。
キッとその目で睨みつけ、父親でさえ圧倒するほどの凄まじい気迫を放っている。
「オレは1人で、あそこから始めようって決めたんだ。それで友達だってできたし宇佐木とだって出会えたんだ……。自分で自分の進む道を切り拓いて、これからだってそうする! ……これでも頑張ってるつもりなのに。何も知らないくせにそんなこと決めつけるなよ。誠十郎のくせにっ」
初めてみるありすの激情。でもどこかでそんな彼のことを知っている気がした。
いつも一生懸命で、周りが見えてなくて。思い込んだら真っ直ぐで。壁にぶち当たって今にも玉砕しそうな不安定さ。放っておけないくらい純粋で危うい存在だから、ついつい手を差し伸ばしてしまう。
本当のことはわからないけれど、それがありすが白鴎の『姫』たる所以なのだ……。
『姫』って言う響きだけで、それ勘違いしている奴らは多い。見た目の良さだけが条件なら、毎年だって『姫』は誕生する。でもその称号を与えられる彼らには『姫』たりうる確固な何かを持っていて、それが人を惹きつける。その魅力は、性別を超えるからこそ、稀有な存在なんだ。
「……ありす」
俺は状況が完全に見えなくなっている彼を制止した。これ以上この場で騒ぎを起こすのは不味いし、どんなことが起こってしまうのか予想できない。
父親の腕を掴んでいる手を取ると、そっとそこから引きはがした。
「絶対に、言いなりになんてならないからなっ」
ハッと我に返るとそう言い捨てて、猛ダッシュでラウンジから飛び出してしまう。
俺とありすの父親はその場に置き去りにされて、2人して周囲の好奇そうな居心地の悪い視線を散々に浴びせられた。
必然的にラウンジでは居られなくなり。2人でありすの姿を探してみたけれど見つけることもできなかった。しかも携帯の電源を切っているのか繋がらず。フロント前の待合いで落ち合うと、どちらかに連絡があるはずという互いの思惑が一致して、仕方なく一緒にありすから連絡が来るのを待つことになった。
「……ったく、とんだ鉄砲玉だな。まさか2人っきりにされるとは」
この状況がよほど気に入らないらしく、ありすの父親は頭を抱えてブチブチと文句を言っている。
それはこちらも同じだ。と、そんな姿を見て心の中で呟く。
ありすと2人にされるならともかく、その父親と。しかも初対面であまり会話すら交わしたことがなく好い印象も持たれていないのに、弾む会話があるはずもなく無言でいるにも限度ってのがある。
「……宇佐木、と言ったな」
しばらくして声が掛かる。出会ってから初めて名前を呼ばれた。空気が変わったのを感じて顔を上げると、それまでになく真面目な顔が正面にある。
「広夢のこと、どう思っている?」
単刀直入な質問だった。だけどそれゆえに奥が深くて、だけど表面的な答えが知りたいわけではないと窺える。
試されてる。この場でそれを認められるのかってだけでなくて、俺自身の力量さえも推し量ろうとしている。それができるほどの経験則を、この人は持っている。
つまり、俺の返答次第で何かが変わる。
「友達以上の、絶対に失いたくない大切な存在です」
視線を逸らさず、まっすぐに見つめて応じた。
しばらく視線だけがぶつかり合い、沈黙が続く。ありすを想う意思の強さなら、その父親にさえ絶対に負けられない。
「はんっ……生意気だな。ガキのくせに」
鼻息を荒くして気に入らなそうに先に目を逸らしたのは彼の方だった。
けれど、押し勝ったという手ごたえは全くない。引き分け。よくてその程度だ。
「けれどそんなものがいつまで続くか。……わかってんだろう? あそこを出れば自分たちがどれだけマイノリティーなのか。その時になって間違ってただの一時の気の迷いだっただのと言うに決まってる」
「そんなこと……」
「黙れ。俺は、そうなってからじゃ遅いってことを言ってんだ。……広夢が泣くってわかってて、そんなモノ許せるわけない」
やっぱり、認められるはずがない……か。当たり前のことだ、とわかっていても説得できるものがない。神様って奴に誓っても、誓約書を書いたとしても。そんなものはこの父親を安心させる要因になりはしないんだ。
「かと言って、広夢が一度決めたことを取り下げるはずもない。誰に似たのか、あいつは頑固だからな。無理矢理引き剥がして、手の届かないところへ駆け落ちでもされたらそれこそ取り返しがつかない」
俺にはそこまでありすに行動力があるとも思えないが、それでも父親の言うことだ。今まで育てきたからには、その懸念材料があるって事だろう。
「だから。俺は今回、連れて帰るのは諦めてやる。……が、今後も監視してやるから覚えていろ」
「心に、刻んでおきます」
「……やっぱり、気に入らない」
彼はそう言うとすくっと立ち上がった。
どこに行くんだ? と思っていると『部屋に戻る』と一言だけ残し去って行く。
「広夢にはお前から伝えておけ」
離れた所から、背中越しに頼まれる。
見た目はそうでもないのに、それでもありすとこの父親はどこか似ている。特に自分の好き勝手で一方的に話をするところなどはやはり親子だなと、その背中を見送りながら思った。
あけましておめでとうございます!
お話の展開はちょっと激動傾向ですね?
一体、ありすはどこに行ったんでしょうか・・・?
本日・リアルな私はお仕事に行ってまいります
みなさまは良い1日をお過ごしくださいね
では、今年も皆様にとって良いものになりますようお祈りしまして
新しく始まった1年、よろしくお願いいたします!!
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