2014年01月 の記事一覧

それは恋ですか?番外編 ~夏休みの前に~ その4




「え、……どういうこと?」

 衝撃を隠せず、2、3度唇をパクパクと動かしてから、ようやくありすの口から言葉が出てくる。
 父親の言葉はありすにも聞こえたはずなのに、それを信じられなかったようだ。

「荷物なんて送らせるか、必要なければ処分させればいい。退学手続きは後でも構わないだろう、ともかく広夢は俺と一緒に来ればいいんだ」

 ありすの意見など全く訊くつもりはないようで、淡々と連絡事項のように伝える。

「横暴じゃ、ないですか。そんなこと勝手に。ありすの意見を聞いてもいないのに」

「横暴? 違うな、それは。子を思う親としての、これは当然の行動だ。それに、他人の君に意見されるいわれもない」

 間違ったことは言ってないという絶対の自信が、強い口調となって俺に向けられた。

「それに。会ってみてはっきりと分かった。息子にとって一番危険なのが誰か……ね」

 含みを持たせた言い方は、俺がありすに抱いている感情のことを示しているようで。その視線に殺気のような凄みを感じて、思わずゴクリと息を呑んだ。
 つまりはすべての事情を理解した上で、それらからありすを遠ざけようとしている。
 彼にこれ以上深みにはまって欲しくないから、軌道修正するためには手元に戻すのが一番の方法だと。俺をやたらに敵視するのは、その為ってわけだ。

「子どもが間違った方向に進もうとしていれば、正しい方へ導くのは当たり前だ」

 滔々と澱みなく言い切られて、俺は何も言い返せない。
 親なら誰だってそうする。

「……正しい道? 間違った方向?」

 ポツリと小さな声がして、それはありすの方から聞こえてきた。
 あの学園が外部から遮断された特殊な環境である事は今更どうしようもないことだ。 そしてその中に強く根付いている悪習であり、その権化でもある『姫制度』なんてものに、一番振り回されて迷惑を被っているのはありす本人で。公然とそれらが許されていることを未だに慣れずにいる外部入学者たちは多く、ありすも勿論その中の1人だ。
 だから、そんな彼が父親に何を言おうとしているのか、興味と怖れを感じながらその動向を見守る。

「なんだよ、それ。間違ってるなんて、どうして言えるんだよ?」

 まるで開き直りのような、ありふれた抗いの言葉。それなのに、それをありすが必死になって言ってることが意外で、嬉しく思える。

「お前だってわかっているはずだ。それともあの学園にそこまで毒されたのか?」

「そんなことっ……」

「もう充分わかったはずだ。お前はどこに行こうと変わらないし、それどころか状況はもっと悪くなってる。俺が知らないとでも思っているのか? 学校でのお前は『姫』などと呼ばれて特別視されているが、本当のところは周りからは距離を置かれ親友らしい親友も作れていないそうじゃないか。それなのに、あまつさえ利用されてそんな怪我まで……。それで心配しないわけがないだろう」

 ありすの『でも……だって』という言葉を無視して、彼の父親は一方的にそう言うとこれ以上話しする必要はないとばかりの態度だ。まるで取りつく術がない。

「わかったら、今日中に友達にお別れを言っておくんだ」

「ちょっ……、待ってよ」

「明日には出発するから……お前の部屋はこのホテルにとってあるから、今夜はそこを使えばいい」

 すっとカードキーをテーブルに置く。それを黙ったまま、ありすは見つめていた。抵抗したところで親の言う事は絶対。わかっていても素直にそれを聞き入れられるはずがない。悔しさをにじませて、ありすの手がカウチの肘かけの上で震えていた。 

「待てよ……、待てってば、誠十郎っ!」

 立ち上がって席を離れようとする父親の腕を、パシッと音を立てて捕まえる。
 その大きな声にそれまでざわざわとしていたラウンジ内が、俺たちを中心として瞬時に静かになった。
 誠十郎? 突然、ありすは父親を名前で叫んだ。でも、俺にはそれがどういう意味を持っているのかわからない。

「ひ……ろむ」

 驚きに目を見張り、男は自分の息子をようやく顧みる。

「さっきから好き勝手なこと……」

 興奮で感情の制御が効かないのか、目に涙が溜まって今にも泣き出しそうだ。
 キッとその目で睨みつけ、父親でさえ圧倒するほどの凄まじい気迫を放っている。

「オレは1人で、あそこから始めようって決めたんだ。それで友達だってできたし宇佐木とだって出会えたんだ……。自分で自分の進む道を切り拓いて、これからだってそうする! ……これでも頑張ってるつもりなのに。何も知らないくせにそんなこと決めつけるなよ。誠十郎のくせにっ」

 初めてみるありすの激情。でもどこかでそんな彼のことを知っている気がした。
 いつも一生懸命で、周りが見えてなくて。思い込んだら真っ直ぐで。壁にぶち当たって今にも玉砕しそうな不安定さ。放っておけないくらい純粋で危うい存在だから、ついつい手を差し伸ばしてしまう。
 本当のことはわからないけれど、それがありすが白鴎の『姫』たる所以なのだ……。
 『姫』って言う響きだけで、それ勘違いしている奴らは多い。見た目の良さだけが条件なら、毎年だって『姫』は誕生する。でもその称号を与えられる彼らには『姫』たりうる確固な何かを持っていて、それが人を惹きつける。その魅力は、性別を超えるからこそ、稀有な存在なんだ。

「……ありす」

 俺は状況が完全に見えなくなっている彼を制止した。これ以上この場で騒ぎを起こすのは不味いし、どんなことが起こってしまうのか予想できない。
 父親の腕を掴んでいる手を取ると、そっとそこから引きはがした。

「絶対に、言いなりになんてならないからなっ」

 ハッと我に返るとそう言い捨てて、猛ダッシュでラウンジから飛び出してしまう。
 俺とありすの父親はその場に置き去りにされて、2人して周囲の好奇そうな居心地の悪い視線を散々に浴びせられた。
 必然的にラウンジでは居られなくなり。2人でありすの姿を探してみたけれど見つけることもできなかった。しかも携帯の電源を切っているのか繋がらず。フロント前の待合いで落ち合うと、どちらかに連絡があるはずという互いの思惑が一致して、仕方なく一緒にありすから連絡が来るのを待つことになった。

「……ったく、とんだ鉄砲玉だな。まさか2人っきりにされるとは」

 この状況がよほど気に入らないらしく、ありすの父親は頭を抱えてブチブチと文句を言っている。
 それはこちらも同じだ。と、そんな姿を見て心の中で呟く。
 ありすと2人にされるならともかく、その父親と。しかも初対面であまり会話すら交わしたことがなく好い印象も持たれていないのに、弾む会話があるはずもなく無言でいるにも限度ってのがある。

「……宇佐木、と言ったな」

 しばらくして声が掛かる。出会ってから初めて名前を呼ばれた。空気が変わったのを感じて顔を上げると、それまでになく真面目な顔が正面にある。

「広夢のこと、どう思っている?」

 単刀直入な質問だった。だけどそれゆえに奥が深くて、だけど表面的な答えが知りたいわけではないと窺える。
 試されてる。この場でそれを認められるのかってだけでなくて、俺自身の力量さえも推し量ろうとしている。それができるほどの経験則を、この人は持っている。
 つまり、俺の返答次第で何かが変わる。

「友達以上の、絶対に失いたくない大切な存在です」

 視線を逸らさず、まっすぐに見つめて応じた。
 しばらく視線だけがぶつかり合い、沈黙が続く。ありすを想う意思の強さなら、その父親にさえ絶対に負けられない。

「はんっ……生意気だな。ガキのくせに」

 鼻息を荒くして気に入らなそうに先に目を逸らしたのは彼の方だった。
 けれど、押し勝ったという手ごたえは全くない。引き分け。よくてその程度だ。

「けれどそんなものがいつまで続くか。……わかってんだろう? あそこを出れば自分たちがどれだけマイノリティーなのか。その時になって間違ってただの一時の気の迷いだっただのと言うに決まってる」

「そんなこと……」

「黙れ。俺は、そうなってからじゃ遅いってことを言ってんだ。……広夢が泣くってわかってて、そんなモノ許せるわけない」

 やっぱり、認められるはずがない……か。当たり前のことだ、とわかっていても説得できるものがない。神様って奴に誓っても、誓約書を書いたとしても。そんなものはこの父親を安心させる要因になりはしないんだ。

「かと言って、広夢が一度決めたことを取り下げるはずもない。誰に似たのか、あいつは頑固だからな。無理矢理引き剥がして、手の届かないところへ駆け落ちでもされたらそれこそ取り返しがつかない」

 俺にはそこまでありすに行動力があるとも思えないが、それでも父親の言うことだ。今まで育てきたからには、その懸念材料があるって事だろう。

「だから。俺は今回、連れて帰るのは諦めてやる。……が、今後も監視してやるから覚えていろ」

「心に、刻んでおきます」

「……やっぱり、気に入らない」

 彼はそう言うとすくっと立ち上がった。
 どこに行くんだ? と思っていると『部屋に戻る』と一言だけ残し去って行く。

「広夢にはお前から伝えておけ」

 離れた所から、背中越しに頼まれる。
 見た目はそうでもないのに、それでもありすとこの父親はどこか似ている。特に自分の好き勝手で一方的に話をするところなどはやはり親子だなと、その背中を見送りながら思った。

 



 あけましておめでとうございます!

 お話の展開はちょっと激動傾向ですね?
 一体、ありすはどこに行ったんでしょうか・・・?

 本日・リアルな私はお仕事に行ってまいります
 みなさまは良い1日をお過ごしくださいね

 では、今年も皆様にとって良いものになりますようお祈りしまして
 
 新しく始まった1年、よろしくお願いいたします!!


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それは恋ですか?番外編 ~夏休みの前に~ その5

 
 ホッとするとソファに背中を預けて脱力する。出会ってからずっと、緊張の連続だった。
 少しでも気を抜く事を許さない、ピリピリとした空気を纏う人だった。
 絶対に堅気の人じゃないだろ……アレは。
 鍛え抜かれた武道家のような、よく訓練されいくつもの死線を掻い潜ってきた軍人。そういう人は何をしていなくとも、その威圧感は勝手に放たれて、離れてでさえその存在を感じられるものだが。ありすの父親はそれらに似た気を放っていて。そんな人物、久々に出会った。

「何者なんだよ、一体」

 まるで正体がわからないありすの父。
 どっと疲れ果てていると、ポケットの中でスマホが振動した。

『宇佐木……せぃ、父さんは?』

 まただ。誠十郎。普段は父親をそういう風に呼んでいるのか?
 慌てて言い直したありすは、ばつが悪そうにそろそろと尋ねる。
 言いたいことはたくさんあったが、とにかく今は合流することが第一だ。

「今、別れたところだ。それで、どこにいるんだ?」

『うん……』

 単純に言いたくないのか、それとも俺の言葉を疑っているのか。どちらにせよ言葉を濁すとそれ以上は何も言わない。

「俺は今フロントの前。待ってるから来いよ」

『……わかった』

 まだ何かを言いたそうにしていたが、ぷつんっと通話が途切れる。
 通話終了の文字を目で追って、通常画面に戻ったのを確認すると、またそれをポケットに戻した。
 あれだけ探したのに、全然見つからなかった。どこに居るってんだ……?
 辺りを見渡して俺はありすがやってくるかもしれない方向の見当をつける。エレベーターの前、1階へと続くらせん状の階段。それともそのずっと奥にあるエスカレーターへ続く通路か……?
 そのどれもが怪しくて、目を配る。

「宇佐木」

 声がしたのは、1階へ続くらせん階段からだった。と言う事は、ロビーにいたという事なのか?

「探したんだぞ、心配させやがって」

 無事な姿を確認すると、思わず立ち上がって不満をぶつけていた。

「ごめん、ちょっと頭に血が上っちゃって。気づいたら……」

 申し訳なさそうに笑いながら、ありすは俺の側に駆け寄ってくる。
 本当に……心配したんだ。
 無言で手を伸ばすと、彼の腕を掴みとり自分の手元へと引き寄せる。
 触れ合う彼の体から確かな温もりが伝わって、俺を安心させてくれた。

「宇佐……木?」

 不思議そうに見上げると、ありすは大人しくその身を任せて、とすんっとその額を俺の胸にくっつけた。

 可愛い……。

 いつもならこんな風に甘えてくれるなんて考えられないのに。それどころか暴れて抱き締めさせてもくれないありすが。こんな公衆の面前で自分からしがみついてくれる。
 これは夢ではなくて、本当に現実なのかと疑ってしまいたくなるほどの幸福感。

「……ありす、今すぐ」

「ん……?」

 もう少しそのまま柔らかい感触を味わっていたいけれど、思い切ってありすの体を剝がすと客室へ上がるエレベーターに連れて行く。
 これ以上はもう、俺の限界……。

「え、……あ、のっ、宇佐木?」

 俺に引き摺られるありすの戸惑う声が聞こえた。
 降りてくるエレベーターの表示を見て、イライラとして待つ。ようやく開いた箱の中にありすの体を押し込むように入れると、誰も入って来ないうちに扉を閉めた。

「宇佐……き?」

 壁際に張り付くようにして立っているありすに近づくと、うっすらと開く唇に噛みつくようにして顔を重ねた。
 一瞬、体が強張る。抵抗されると思った。それなのに彼の手は震えながらも俺の服に指を絡めて、目を閉じ受け入れられる。
 許されてる。そう思うと更に行為はエスカレートして。夢中でその唇を貪り、吐息も何もかも奪い尽くす。
 唇を離すと唾液がつぅっと俺たちを繋いだ。
 ありすは濡れた唇を拭うと、もう一度自分から俺の胸に身を預けてくる。

「……あり」

「オレだって……したいに決まってんじゃないかっ」

 俺の腕を両手でしっかり握り、赤く染めた顔を俯かせ絞り出すような声で言う。
 ドクンッと心臓が大きく脈打った。瞬間、目の前が真っ赤に染まる。
 エレベーターの加速が緩まり、静止するとのんびりと扉が開いた。

「ちょっ……待っ……。どこへ?」

 降りようとする俺を引きとめるかのように、ありすは足を止めブレーキを掛ける。
 客室が並ぶ静かな廊下。どうしてこんな所に来たのかわからないようで、ありすは明らかに混乱しているようだ。

「コレ。ありがたく利用しようぜ?」

 ありすの父親が置いていった、このホテルのカードキーを見せる。
 ようやく理解したのか、彼は黙りこんで恥ずかしげに俯くと大人しく俺に従った。 




 明日はお待ちかね(?)Rシーンです
 多分残り2回で終了かなぁ・・・

 しかし誠十郎(ありす父)は不覚にも墓穴掘ってますよね
 なんたって宇佐木にこれとないチャンスを与えちゃったんですからww
 では、明日の更新でまたお会いしましょうっ(^o^)/

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それは恋ですか?番外編 ~夏休みの前に~ その6(R18)


 ※ 性描写が含まれます。
   年齢を満たしていない方、嫌悪感を感じる方の閲覧はお控えください。




 部屋に入ってすぐに抱き締める。唇を合わせようとすると、それよりも早くありすの方から顔を寄せてきた。先程よりもさらに深く、舌を絡ませて求める。くちゅっと濡れた音を立て、時折『んっ』というくぐもった声が聞こえては、吐息が頬を掠めた。
 抱き上げて、ベッドまで移動するとそこに腰をかけさせる。俺はベッドの手前で彼の足元に跪き、シャツの前ボタンを1つずつ外す。そして滑らかな肌が少しずつ目の前で露わになるのを、興奮を抑えながら鑑賞した。

「宇佐木、オレ……」

 視線から逃れるように顔を背けていたありすが堪えかねて声を上げる。
 前の膨らみを両手で隠すようにしているのに気付いて、俺はそちらに手を伸ばした。
 下着ごと衣服を下げると、勃ちあがった欲望を躊躇うことなく口に含む。苦みとありすの匂いがして、頭上で息を呑む音が聞こえた。

「あっ……、ふっ」

 ありすの声が俺を一層興奮させる。愛撫を施すごとに口腔内でありすの分身が大きく孕み、先端からは粘ついた液が零れだした。びくびくと活きのいい魚のように体を跳ねさせては、前かがみで俺の髪を手のひらで掻き乱す。
 付け根から括れに舌を絡めて扱くように上下に動かしてやると、扇情的に腰が揺れだした。唾液を絡ませてじゅぶじゅぶと口の中で濡れた音を立て、しつこく念入りにしゃぶる。敏感で、与えられる快楽に滅法弱い体は、もうすぐそこまで限界は訪れているようで、全身を硬くすると彼の足先がきゅぅっと丸くなった。

「やっ、だめっ……もぉ、いくぅ──っ」
 
 息を切らし切羽詰った声がした。それを合図に先端を強めに吸ってやると、息を呑む音がして、びゅるるっと青苦い液が口中に広がった。
 欲望を吐き出したありすのそれは、まだ少し硬さを残していて。尚も舐め続けていると体をヒクつかせる。

「あっ……も、いぃ……からっ! ……放し、てっ」

 首をぶんぶんと振り、彼は涙声になって訴える。達した直後でまだ過敏になっているのか、必死に逃げだそうとしているみたいだ。
 丁寧に総身に舌を這わせて、ズルリとそれを口から出すと解放する。安堵したようにはぁ──っと長く息を吐くと、ありすは欲情に濡れた目を俺に向けた。

「お前の目……ヤバい」

 熱く潤んだ瞳に、息が詰まるほど囚われる。
 ありすの体を押し倒し、その目を覗き込む。真っ直ぐ俺へと向けられてくる視線に、背中がぞくぞくするほどの興奮を覚えた。

『間違ってた? 一時の気の迷い?』

 俺はありすの父親が言ってた言葉を思い出す。
 そんなこと、思うはずがない。
 出会った頃より、彼を好きだと自覚した時。そしてそれよりも今の方が、もっとずっと愛おしい。その気持ちは強くなるばかりで、終わりが見えそうにもない。

「うさき……」

 誘うように差し伸べられた手が、俺の頬を優しく撫でた。それに自分の手を重ね、唇へと引き寄せると、指先や手の甲に口づける。
 ありすは俺の行為をぼんやりと夢うつつで眺めている。切なそうに目を細め、彼の唇が音もなく短い単語を刻んだ。
 その動きだけで察する。

『すき』

 聞こえなくても、その二文字は俺を熱くさせた。
 唇を重ね、柔らかな感触を唇と舌で存分に味わう。拙いながらも積極的に俺に応じようとするのが嬉しくて、徐々に気持ちが高ぶっていく。そうして俺たちは、息が上がるのも構わず吐息を交わらせ互いを確かめあった。

 ありすの体をうつ伏せにさせると、お腹の下に枕を差し込んだ。腰の位置が頭よりも高くなって、俺に尻を突き出す体勢に彼は恥ずかしいのと不安の表情で振り返る。

「うさ……」

「ん、その方が楽なはずだから。ちょっとだけ我慢、な」

 宥めるようにそう伝えると手を伸ばして彼の髪に触れた。クセがなくて艶やかな栗色の毛がするりと指の間をすり抜ける。
 わずかに頭が動いたのを確認して、俺は彼の腰に顔を沈めた。
 双丘を開いてその奥に隠れた小さな孔に舌で触れる。びくんっと体を大きく震わせてありすの腕が動いた。堪える様にシーツを握りしめ、顔を伏せると息を殺している。
 丁寧に何度も舌で表面を濡らすように舐めた後は、舌先でその窄まった入口を突く。徐々に緩まったところへ指を侵入させて、解しながらその深度を深めると、内側を刺激した。熱い粘膜は柔らかく、俺を食んで迎えられる。纏わりついてくる感覚に、夢中で指を動かしていた。

「あっ……は、ぅ……んっ」

 抑えきれない熱っぽい声が遠くで聞こえる。その声を頼りに探るように指を2本に増やして動かしていると、ある一点の所で明らかに声が甲高く、内側の様子が変化した。

「ここ?」

 もう一度、見つけたその場所を指の腹で擦りつけ刺激する。

「あっ……あぁ──っ、や……ぁ、そこっ」

 俺の指を食んだ肉がいやらしく淫らに蠢く。体を捩らせ逃げようとするのを押さえて
ズリズリと出し入れを強めた。何度もそうしていると、触れてもいないのに勃ちあがってきたありすの反応に、俺は手を伸ばす。先端から透明な液を滲ませたそれは、また硬さを増した。

「そんなに気持ちいい?」

「んっ……あ、……気持ち……イイっ」

 すでに意識は快楽に呑み込まれているのか、ありすはいつになく素直で。うっとりと陶酔した声で『だから……』と続けた。

「……もっと……してっ、宇佐木」

 その懇願に、俺の理性はぱちんっと弾けて飛んだ。 
 指をありすから引き抜くと、その腰を両腕で支えた。
 ひくんっと寂しげにヒクつかせている小さな孔に、切っ先を合わせると押し入れる。抵抗を感じながらも、内側へと侵入し時間をかけて全身を収めた。
 ありすは苦しそうに、でも受け入れてくれる。

「離さない……」

「ぁっ……」

 背中から力一杯に抱きしめて囁く。
 小さく叫び声を上げるのを聞いて、俺は前後に動き出した。

「ひっ……あっ、あぅ……、ん──っ」

 何度も繰り返し揺らされ突き上げられて、ありすの声は色づき俺を昂ぶらせる。
 初めて一つになったあの日から以降、久しぶりに感じる彼の中は、やはり締め付けがキツくて。俺に絡みつくときゅうっと絞り込んで放そうとしない。

「も……イクッ」

 ずっと堪えていた分、限界は早かった。
 彼の奥底に体を埋めるように深く貫くと、体をぶるっと震わせて注ぎ込む。 

「んんっ……熱っ……ぃ」

 ありすは自身の体内に注ぎ込まれたものを受けて、朦朧とした意識の中で呟く。
 突っ伏したありすの背中を覆うように体を伸ばして、唇を吸い上げる。しっとりと濡れ、乱れた息を感じながら、俺は愛おしい気持ちそのままに頬ずりをした。





 ってなわけで、
 どうやら宇佐木はありすとの2度目のえっちができた・・・と
 寮では我慢することを以前に約束してますから、
 律儀にそれを守っているようですねぇww

 ではまた明日!

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それは恋ですか?番外編 ~夏休みの前に~ その7【最終話】





 シャワーを浴び終えベッドに戻ると、ありすがベッドの上に上半身を起こして座っていた。その片手には携帯が握られて、俺に気付くとほんのりと笑みを浮かべる。

「話は終わったのか?」

「うん」

 電話が掛かってきたのは知っていた。その相手が誰なのかも予想がついて、俺は席を離れることにした。どうやらありすの様子を見る限りではきちんと話し合えたらしい。

「明日。10時には出発するって言ってた」

「ふ、うん。そうか」

 バスタオルを頭から被り、ベッドの脇に腰を下ろす。ギシッと軋む音を立てマットが沈み込み、中央にいるありすまで揺らした。
 電話が来る直前に、ありすの父親からの伝言は話してあった。

「それと。父さんが、『宇佐木にもよろしく』って。オレがいない間に何かあった?」

 不思議そうに尋ねるありすに、俺は『監視してやる』という言葉を思い出す。
 そう言えばこの部屋、シングルではなくダブルで。タオルやアメニティなども2人分の用意がされていた。まるで最初から2人で宿泊するとわかっていたかのように。
 『お別れをするように』そんなことを言いながら、あの人はこの部屋の鍵を差し出していなかったか? 今日自分を呼んだのは、ありすと別れさせるためで。その最後の場として、設定した部屋だったのか……。
 予想外にありすが抵抗した為に、計画は失敗した。それでも俺とありすがこの部屋を利用することは、想定内ってわけだ。
 
「何もかもお見通し……ってな」

「ん?」

「なんでもない」

 多分、ありすと俺がこうなっていることも知っていて、牽制のつもりで言ったんだろうけれど。そんなもの……。
 体を反転すると腕を伸ばし、ありすの背中を覆うようにして抱き締める。冷房で肌の表面が冷たくなっていた。シーツをベッドから引き抜いて包まる。俺の体温が心地いいのか、身を預けて軽く目を閉じるとありすは思い出したように言葉を続けた。

「外泊のことは父さんが連絡してくれるって。今夜はここでゆっくりできるね」

 意外なことに、ありすも俺との関係が親に知られていることをわかってる。もっと動揺して騒ぐかと思ってたけれど、抵抗はないのか?

「……いいのか? それで」

「うん。だって、せぃ……父さんには何を隠してもすぐにバレちゃうんだもん」

 あっさりとした答えに、俺の方がはぁ──っとため息を吐いた。
 どんな親子関係築いてんだよ。ありすと父親の関係は俺の理解をはるかに超えたところにあるようだ。   

「一体何者だよ、あの父親」

「ん? だから、今は会社員だって言わなかったっけ?」

 それは確かに聞いた。けれど、普通の会社員とは異なるだろう?
 俺の無言の反論はありすにも届いたらしい。クスクスと腕の中で可笑しそうに笑って『知りたい?』なんて悪戯っぽく聞いてくる。
 知りたいに決まってる。『今は会社員』と言うからには、昔は何だったというんだ?

「オレがまだ生まれてない頃。つまり、母さんと知り合ったばかりの頃は、海外で特殊部隊にいたらしいんだ」

 海外……特殊部隊……?
 日本人としては想像できない職務だ。思っても見ない言葉に、俺は何の反応も返せなかった。でも、それはあの父親から感じ続けていた異様な威圧感を説明づけていて。感覚だけは符合する。

「オレが生まれてもしばらくはロクに会えもしなかったらしい。小学生の頃に父さんは帰ってきて。特殊部隊の経験を活かして今の仕事についてから、一緒に暮らすようになったんだ。今は保険調査員って仕事をしてるんだって」

 そう言って、『どんな仕事なのかよくわからないけど』と付け足す。
 今は調査するのが仕事ってことか。生業なんて言ってたのはそれだな。
 調査対象に関しては、かなり入念に調べる必要がある。まさか息子の通う学校についてもそのレベルで調べるとは、恐ろしい父親だ。

「どうして、辞めたんだ?」

「母さんを安心させるのと……オレの為。だと思う」

 少しだけありすの声が暗く沈んだ気がした。
 もしかして、その頃に何かあったんだろうか? 

「特殊部隊なんかやってると、もちろん命も危険に晒されることなんて日常で。母さんはそれを案じてて、オレはどうすることも出来なかった。せめてオレが父親似なら、ちょっとは元気づけられるのになんて、くだらないこと考えてた」

 話しているとその頃のことを思い出すのか、ありすは自嘲気味で寂しそうで。ぎゅっと俺はありすの体を抱きしめ直した。

「その頃のオレには友達がいなくて。学校では『悪魔の子』なんて呼ばれたりしてた。父さんも不在だったし、見た目がこんなだからね。別に何もしてなくても、クラスで誰かが不幸になればオレのせい。呪ったとか呪われたなんて言われてさ……」

 だから、新しい環境でありすは自分の目を隠した。目立つことを極端に控えて、注目を恐れた。けれど周りはそうさせてくれなくて、よりにもよって『姫』なんてものに選ばれてしまったのか。道理で、噂を頼りに生徒会に行ってまで交渉するわけだ。
 普通の生活をしたいなんて言ってたのを思い出し、それが懐かしく感じた。こんなに目立つ存在なのに、何を言ってるんだと不思議に思ったものだ。

「帰ってきた頃は素直に『父さん』って呼べなかったから、母さんが呼ぶのを真似てオレも『誠十郎』って。だから興奮すると今でもそう呼んじゃうんだよね」

「ありすが『誠十郎のくせに』って言ったのには、俺も驚いた」

「あはは……。だって、腹が立ったんだ。自分は母さんに心配ばかりかけさせて。オレのことも放ったらかしで。それなのにあんな勝手なこと言うものだから」

 困ったようにそう言うと、腕の中でありすがもぞもぞと動いた。こちらへと体の向きを反転させると、上目づかいに俺を見上げる。

「ごめんね」

「ん?」

「オレの家族のせいで、ゴタゴタしちゃったから」

 申し訳なさそうな顔をするから、俺はその頭に手を置いてクシャクシャと撫でた。

「そんなこと、今更だろ」

 それに……、ありすのことが今までよりも深く知ることができた。誰かを使って調べるのではなく、本人から教えてもらうという方法で。俺はもっと彼のことを知りたい、と思う。過去だけでなく、これから先も、ありすの考えてることも何もかも。

「俺はありすの『騎士』で、『恋人』なんだからな」

「うさき……」

 嬉しそうに腕の中で微笑んで、ぴったりと寄り添う彼にキスをする。
 そして、『だから……』と続けた。

「ありす、もう1回。イイだろ?」

 返事を聞くまでもなく彼の体をベッドに横たわらせて、俺はその肢体に顔を埋める。 突然の動きにありすは少し戸惑って、そして俺の肩に腕を回した。
 言葉での回答はなかったけれど、それだけで俺にはもう充分な承諾と受け取れた。


 翌朝、俺とありすが起きたのは9時過ぎで。チェックアウトの準備をすると大急ぎでフロントに向かった。
 すでに出発の準備をしたありすの父親は、昨日2人で話をした同じソファに腰かけて待っているように見えた。

「父さん」

 ありすが呼び掛けると、ワザとらしく今気づいたような顔をして見せたりして。演技していることがあからさまなのに、ありすはやはり気づいていない。

「寂しいけれど、今回は1人で帰ることにする。でも次の休みには帰ってくるんだぞ」

「ん……。次っていうと冬休みだね。往復のチケット送ってくれるんなら」

「ああ、もちろん用意する」

「2人分?」

「……」

 ありすの無邪気なお願いが、ありすの父親の複雑そうな顔を困らせる。

「くれないなら……」

「送るっ、送るから。2人分」

 行かないと言い出しそうな気配に、慌てて返答した。
 だけど、すぐ目の前の夏休みの間に行くんじゃなくて、冬休みなのか……?
 密かに疑問を抱いていると、ありすは勝手に『じゃあ約束ね』などと言って小指を父親に向けて出している。
 小さな子ども同士の約束ごっこみたいで、なんだか微笑ましいけれど。ありすの父親が俺を見る目は、呪いをかけるみたいに昏く光って命の危険を感じた。
 タクシー乗り場まで移動し、荷物をトランクに入れる。

「わかってんだろうな? 広夢を泣かしたら地の果てまで追いかけて、死んだ方がマシだと思わせてやるからな」

 タクシーに乗り込む瞬間、最後に俺を脅すことを忘れない。 

「泣かす? ならもう手遅れです。散々泣かした後ですからね」

 ニヤッと笑い、俺は父親の前で隣にいたありすを引き寄せた。

「え? ぅわっ……な、なに?」

 突然のことにありすは戸惑いの声を上げながら、俺の腕の中に納まる。

「手放す気なんて、毛頭ないですけど」

「ってめぇ」

 ありすの頭に口づけると、彼はパニックで湯気が出そうなくらい赤くなる。父親はその様子を見て、今にもタクシーから飛び降りてきそうな勢いだ。けれど無慈悲にもタクシーは発車して、俺はありすと共に取り残される。

「面白い人だな」

 車の後姿が見えなくなるまで佇んで、俺の呟きにありすはハッと我に返ったようだ。

「はっ……離れろっ」

 腕の中で暴れ出すから仕方なく解放する。

「人がちょっと気を許せばすぐにつけあがるんだから。ったく、油断も隙もあったもんじゃない」

 照れ隠しのように文句を言って、バス停に向かおうとする。今すぐに学園へ帰ろうってことのようだ。
 その後ろについて歩き、俺は朝食にありすを誘う。まだ朝から何も食べていないし、それより今日は日曜日。もっと一緒に解放気分を味わいたい。

「俺が出すから、もうちょっと。いいだろ?」

 甘えるように言うとありすの歩調が緩まる。
 腕を掴むとバス停とは真逆の方へと歩きだし、俺はこの付近でお勧めの落ち着いたカフェに案内することにした。

「ケーキセットも……あるかな?」

 昨日、食べ損ねたことを気にしていたのかそんな事を聞いてくる。

「ありすが食べたいなら、どこにだって連れて行ってやるよ」

 笑いながらそう答えると、満面の微笑みで幸せそうな顔をしてくれる。
 ずっとその顔を見ていたいから。そのためなら俺は何だってできそうな気がする。
 ありすの父親が言う未来が、来ないなんて言える保証はないけれど。
 それでもはっきりわかるのは、今を積み重ねて作られる先に後悔なんてない。
 だからきっと、これからも。俺にはありすと共にいる自分の姿を未来にも感じてる。






 最終話
 ちょっと更新量は多い目ですが、
 ご満足いただけたでしょうか?

 お正月に『夏休み』の話って
 なんだか季節はずれでしたね (^^;
 書くのも苦労いたしました

 そういう苦労話はまたあとがきとかで書くことにして。
 とりあえずここまで、お疲れ様でした

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闇月SS 貴方の左側 その1 

衝動的に書いてみたくなった季節モノ
闇に月は融けてより
正木と久市の年末年始のお話です
ちょっとだけ続きます、よろしくお願いします!!





 年末くらいは実家に顔を出しておけ。そう久市さんが(しつこく)言うものだから帰ってみたけれど。帰省するというには近すぎる距離。両親とは滅多に顔を合わせることはないものの、帰宅から1時間も経過した頃には、目的もない俺はそわそわして落ち着かなくなってくる。
 今頃、久市さんは何をしているんだろう。あの部屋で1人、猫と一緒に過ごしているのか、それとも……どこかに出かけているんだろうか? 
 思うのは久市さんのことばかりで、だけど俺には帰ってこいという割に、あの人にはそんな気配すらなかったことに、今更になって気が付く。
 そう言えば、久市さんの両親とか兄弟の話を聞いたことがない。まして、そんな話に触れる機会もなかった。
 久市さんの……家族。
 1年以上も一緒に暮らして、誰よりも近くにいたのに、未だに知らない部分がある。そんな今さらなことに、俺は少なからずショックだった。

「和也、今夜は泊っていくんでしょう?」

 母親がやってきて、念のためと確認される。当然そうすることを前提とした口ぶりに俺は返答を迷う。

「和也?」

 不審そうに再度呼ばれて、その顔を見ると本心なんて言えなくなる。

「ああ、そうだな」

 短く同意すると、ホッとしたような顔をして、母親は俺から離れていった。
 そう遠いところに離れて住んでいるわけではなくても、両親たちにすればやはり久しぶりに帰ってきた息子で。それが帰ってきて早々に「じゃあ、また」なんて、素っ気ない態度をとられれば、必ずと言って寂しい思いをすることだろう。
 一度帰ればそうなることは予想が出来た。だから俺は帰ることを渋っていたんだ。
 俺はいつだって久市さんの側に居ることを望んでいて。それが叶いさえすれば他はどうだっていい。なのにそれがわかったところで自分を取り巻く色々なしがらみが、簡単にそうはさせてくれない。

「……どうするよ。俺」

 スマホを取り出すと何気に電話帳を開く。
 久市さんの電話番号。少しだけでも声が聞きたい。別れてから数時間なのに、すでに恋しくなっている。
 気づいた時には呼び出し音を鳴らしていた。1回、2回……と数えているうちに不安になっていく。留守番電話に切り替わって、俺は通話を終了させた。
 電話の音に気付かない状況ってことなのか?
 携帯を忘れて出かけてるだけ?
 ……それとも。 
 複数の可能性が候補に挙がる。そのどれもがあり得るようで、でも確定じゃない。
 ふらりと立ち上がると、俺は上着を持ち、玄関へと向かった。

「和也っ?」

 突然の俺の動きに気付いた母親の声がした。

「コンビニ、行ってくるっ」

 言い捨てて振り返りもせずに走り出す。
 この年齢になって青臭いことをしてると自分でも思う。だけど、じっとなんてしていられなくて、ただ久市さんに会いたくて、傍に居たいと思った。


 ポケットから鍵を取りだし、鍵穴に差し込む。いつもと変わらない作業なのに、気持ちばかりが焦った。
 扉を開けて中に入る。見慣れているはずの玄関はなんだか余所余所しく感じられた。
部屋の奥は明かりがついていなくて、飼い猫のお迎えすらない。
 妙に静かな室内に不安を覚える。

「久市……さん?」

 呼びかけて入ると浴室の明かりが廊下に漏れて、光の筋を作っている。
 そっとその隙間に手を差し込んでドアを開け、脱衣所に入る。と、彼の声が響いた。

「こらっ、……たら……ないだろっ」

 誰かと話をしているような、楽しげな声。
 風呂場で、誰と……?
 ところどころ内容が聞こえなくて、その分変な想像をしてしまう。
 まさか、彼に限ってそんなコトがあるわけ……。扉を開けようとした手が止まる。

「あっ……いっ」

「ひっ、久市さんっ?」

 どことなく色っぽい声に、俺は堪らず浴室の扉を開けた。 
 瞬間、何か黒い塊が勢いよく飛び出してきて、水しぶきを受ける。

「えっ……え……?」

「正木……?」

 何事が起こったのか理解不能な俺に、久市さんの呆然とした声が聞こえた。

「ばっ……バカ正木。逃げたじゃないかっ」

 久市さんは大慌てでそう言うと、俺の背後を指で示す。状況が把握しきれず、彼が示す方に顔を向ける。脱衣所の扉は開いていて、その向こうへずぶ濡れの猫が脱走しようとしているのが視界に入った。 

「早く追えって……、正木っ」

 叱責されて捕まえに走る。
 帰ってきていきなり、何やってんだ……俺は。
 コートを脱ぐ間もなくずぶ濡れの猫と格闘なんて、いくらなんでも滑稽すぎる。
 必死の形相で逃げ回る猫を追いかけ回し、ようやくの思いで取り押さえると、今年最後のため息が出るのを抑えられなかった。

「で……今日は何をやってたんです?」

 みすぼらしい姿の猫をタオルで拭いてやりながら、俺はまだ浴室にいる久市さんに声を掛けた。

「家の大掃除」

 短くて的確な回答を得るけど、それならどうして俺にも手伝わせてくれないんだ?
 一緒に暮らしているのだから、言ってくれれば手伝うのに。

「正木がいると捗らないのは実証されているからな」

「なっ……」

 言われて、俺は返す言葉もなかった。
 それは去年の暮れのこと。掃除道具を買い揃えていたにもかかわらず、当初の予定の半分も終了しなかった。その理由は言わずもがな……。

「すみません」

「……まぁ、でもアレは。お互いの所為だから。別に正木だけが悪いんじゃない……」

 はっきりとは言わないけれど、自分にも責任があることを認める。素直じゃない。でもそういう所が久市さんらしくて、愛おしい。

「あ、もしかして。だから俺を実家に帰らせたんですか?」

 ハッと気づいて、軽い気持ちで尋ねた。
 去年の二の舞にならないように、俺をわざわざ遠ざけた?
 そこまでして大掃除を完遂したかったのか?

「いや……それは……」

 何かを言いかけて、口にするのを止めたように感じた。
 しばらく思案するような時間が流れる。
 カチャッと音がして、浴室の扉が開く。蒸気を立ち上らせた久市さんが目の前に現れて、その姿に目を奪われた。
 何度見ていても慣れない。ドキドキして、心臓が騒ぎ出す。

「は、早く。これ……」

 バスタオルを手渡すと、逃げるように俺は脱衣所を出ようとした。背中を向けた途端に肩を掴まれる。足を止めると背後にピタリと寄り添わせる久市さんの暖かな身体を服の上からでも生々しく感じた。

「そうでもしないと、お前は自分の家族に会いにもいかないだろう?」

 そっと心地よく響く久市さんの諭すような声。
 見抜かれている。家族を蔑ろにしていることを自覚しつつ、久市さんと一緒に居るのを優先していることを。

「だから、自分から俺に帰れって言ったんですね」

 それは俺に後々になって後悔されたくないから。俺に気遣ってそうしてくれたんだ。でもじゃあ、久市さんは。自分の家族に会いに行かないのはどうしてなんだ?
 聞いてみたいけれど、聞けない。

「どうして帰ってきたんだ? 正木には家族のこと大切にしてもらいたいのに」

 どうして、なんて聞いてはいけない気がした。
 彼から聞くことがなかった家族の話。話したくないのなら無理に聞く必要はない……違う、そうじゃなくて。俺がそれを知ることが怖いんだ。

「正……」

「久市さん。もし良かったら……」

 彼の言葉を遮るようにして、くるりと振り返る。
 そして、戸惑った様子の彼に提案した。





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