『もう大丈夫』と言う彼の言葉を信じて、オレとしてはもっと話していたかったけれど、その日は素直に引き下がることにした。これ以上粘ってみたところで、新宮の態度は変わらないと思ったからだ。
次の日、新宮は学校に来た。朝から珍しく教室にまで訪れた彼の姿を見て、あの日一緒にいたメンバーが集まって囲む。彼らの前ではいつもと変わらないように振る舞っているけれど、それが帰ってオレの目には不自然に映って見えた。
「新宮、大丈夫そうじゃないか。俺、ちょっと安心した」
新宮が自分の教室へ戻って行った後、北川がホッとしたようにオレに言った。
きっと昨日軽くオレと揉めたから、それを気にしてフォローのつもりなんだろうけれど、そんなことオレにはどうだってよかった。問題は、北川には新宮がいつも通りに見えてたってことで、そちらの方が胸に引っかかっていた。
どうして気づかないんだろう?
疑問に思いながら、オレは北川に視線を移す。
ここへ新宮が来てから、彼がオレを見たのは1度きりで。それも教室にオレがいるのを確認しただけの、ほんの一瞬。それから後はずっと目を合わせようともしないし、話しかけても来なかった。
そんなことは、新宮と一緒にいて今までになかった。
「……そうか?」
「んだよ、心配性だな。お前が大げさすぎるから俺たちは心配し過ぎたんだぜ?」
どうやらオレの不確かな情報で、みんなの誤解を招いたという事にされているらしい。
新宮が彼らにした話はこうだ。
一昨日、大学生たちに絡まれていたことは確かな事実だけど、帰った本当の理由は急な体調不良からで。昨日学校を休んだのもその影響。自分が話せる状態じゃなくて説明を省いたタメに誤解が生じた。心配させて申し訳なかった……と。
まったく上手く辻褄を合わせるもんだと、オレは遠巻きにそれらを見ていただけで、特には口を挟まなかったけれど。見事に全員が新宮の口車に乗せられている。
「まぁ、それだけ新宮のことが大事って事なのかねぇ」
北川はからかうように笑ってそう言い、オレの肩を慰めるようにポンポンと叩く。
「大事って、もしかして小野瀬って新宮のこと……」
「えっ、あの噂ってマジだったのかっ?」
「そりゃ、そうでしょ。あんな心配そうな小野瀬。俺は初めて見たんだからさ」
大げさに面白おかしく話を拡げる北川たちを見て、オレは軽くため息をつく。もうこの手の話題をわざわざ否定するのも億劫で、彼らだってそれを本気になんていていない。この場が盛り上がればそれでいいくらいの程度なんだ。
「この間だってこいつらときたら屋上でさ、今にも臨戦態勢ってな感じで」
「マジかっ、それ」
「いやぁ、ホント。2人して否定してるけど、絶対に怪しいっ」
周りの反応に北川のテンションは上がって、どんどん話に尾ひれがついて行く気配がしてくる。そろそろ止め時って奴だ。
「んなわけないだろ」
「ほらなっ、この態度だぜ? 絶対に怪しいよなっ」
北川の同意を求める態度に、聞いてる方は笑いながら頷きを返している。真実なんてどっちでもいいから、より面白くなる方を選んでるってだけに違いない。
「……ほんと、勘弁してくれよ」
北川の話を聞いているのは4,5人程度ではないようで、周りを見れば女子たちを含め何人もが耳をそばだてて聞いていることに気付く。みんなクスクスと笑っているけれど、多分これが伝言ゲームのように人づてに広められていくうちに、いつしか間違った情報が事実のように語られるんだろう。
そうなれば自分だけじゃなくて、新宮にも迷惑がかかってしまう。それについて、彼はどう思ってるんだろう……? 尋ねてみたことはないけれど、どんな答えが返ってくるのかいくつか想像してみる。その中でも本気でイヤがられることだけはなくて欲しい気がした。
昼休みになって、新宮の教室へ行く。
いつもなら彼の方からオレの所にやってくるんだけど、授業が早くに終わったのとそれから朝の事が気になって、自分から行動しないといけない気がした。
他所の教室っていうのはなんとなく入り辛いものだ。中のレイアウトはさしてどうとはなく変わり映えがないのに、生徒の顔ぶれとか窓の外の景色などがちょっと違うだけで、まったく異なった空間のような気がしてくる。
開きっ放しの扉から顔をのぞかせて新宮を探すと、中央の列、後ろから2つ目の所に彼をみつけた。声を掛けようとしたけれど、女子と話をしているのがわかって少し躊躇う。
「あれ、小野瀬? なんだよ、新宮のお迎えか?」
声を掛けるタイミングを失って様子を見ていると、オレに気付いた顔見知りが声を掛けてきた。どうやらここでも、オレと新宮が親しくしているのは知られているらしい。
呼んでやるから待ってろと言われ、引き止める間もなく彼は中へ入って行く。オレの居場所を指して新宮に伝えると、しばらくして彼がやって来た。
「……久々に屋上にでも、行く?」
「ああ、そうだな」
オレのことをチラッとだけ見るとすぐに目を逸らせて、遠慮がちに提案してくる。出来るだけ笑顔を作って答えると、新宮は一旦教室内に顔を向けてから出てくる。誰かに合図を出してるみたいに見えたけれど、意図が読めない。
「その前に購買に行って昼飯調達しないとなぁ」
「……残ってるといいな」
「なんだよ、他人事みたいに言ってるけど新宮もだろ?」
「ん……僕は今日はちょっと」
いつもと変わりなく会話しようとするけれど、ぎくしゃくして不自然な間合いを感じてしまう。認めたくなくても、自分の思い過ごしには出来ないくらい明らかに、オレは彼に避けられているんだと気づいてしまう。
購買で残り物のパンと飲み物を買って、屋上へ移動する。その間中オレから話しかけていないと会話が止まりそうで、どうでもいいようなくだらないことをずっと話していた。
「さむっ」
屋上に出た瞬間、身も凍るような風に煽られて全身が急激に冷えていく。辺りを見てもそこには誰もいない。暖かい時期ならともかくとして、まだまだ寒さの厳しい1月じゃ人気がなくて当然だ。
屋上に出る昇降口の壁際に移動するとそこに座り込んで、ここにくる途中で手に入れたパンを袋から取り出すと冷たい風を受けて震えながら食べ始めた。言ってた通り、新宮は飲み物すら買わなくて。けれどまだ昼休みになったばかりで、昼食を食べる時間なんてなかったはずだ。
「本当に食べないのか?」
「ああ、ちょっと食欲なくてさ」
弱々しく笑うのを見て、残っていたパンを全て口の中に押し込むと飲み物で流す。食べている姿を見ていることすら新宮にとってはキツイらしくて、食べ終わるまでこちらを見ようともしない。それでなくても新宮との距離を感じているオレにとっては、彼の存在を更に遠くに感じさせた。
今までなら新宮との会話のネタなんて考えるまでもなく、次から次に出てきて時間が足りないくらいだったのに、その取っ掛かりになるものが掴めなくて困り果ててしまう。オレはしばらく思い悩んで、以前から頼まれていたことをようやく口にすることにした。
「そう言えばさ。菅田や斉藤が『カナデ』に会いたいって聞かなくて困ってるんだ」
「……へぇ、そうなんだ」
「パーティも結成してるんだし、一度顔合わせでもしてみるか?」
「……」
菅田と斉藤。この2人が中学からのゲーム仲間である事は新宮に何度も話していた。オレと新宮が親しくなったあのオフ会以降、ゲーム上では新宮もあの2人とそれなりの関係を築いている。だから、彼らに新宮を紹介しても充分受け入れられるという自信はあった。
けれど、新宮の反応は思ったほどよくない。
「イヤならもうちょっと先延ばしにするけど……」
「うん、ごめん」
前に彼らの話をしたときは、興味を持っているようだったから、もしかしてこれなら心を動かしてくれるかと期待してみたんだけど、やっぱりって感じで断られてしまった。
がっかりしながら空を仰ぐ。分厚い雲に覆われて、どんよりとしたそれはオレの冴えない心そのままで。ちっとも楽しいと思えない。
しばらくそのまま沈黙が続いていると、珍しく昇降口の扉が開いたのを感じた。
何気なくそちらに目を遣ると、先程新宮と教室で話をしていた女の子がそこにいる。
「鳥原さん、こっち」
まるで彼女の訪れを待っていたように、新宮は立ち上がると彼女を手招きした。それに気づいてこちらへ顔を向けると寄ってくる。
「新宮?」
「彼女、僕と同じクラスの鳥原奈央さんって言うんだ」
「……え、ああ、よろしく」
急に紹介をされて、訳が分からないままに頭を下げる。一体こんな所にまで来て、どういうつもりなんだ?
新宮の後ろに立つ彼女を見ながら思う。肩を超すくらいの艶やかな黒髪、身長は新宮の肩くらいに頭の頂点があるから恐らくそんなに高い方ではない。小柄で華奢、しかも大人しそうな印象で2人が並んでいるのはお似合いに見えた。
そうか……と思い出す。きっと教室を出る直前に新宮が見ていたのは彼女だったんだ。と言う事は、オレは新宮と彼女の貴重な時間を取ってしまった、とんだお邪魔虫って訳か。
「悪い、オレ全然気が利かなくて……」
そんな風に言いながら立ち去ろうとしたオレの腕を、新宮に捕まれて引き戻される。
「ちがうよ、彼女は小野瀬に用があるんだから」
「へ……?」
「ちゃんと、聞いてやりなよね」
思ってもみないまさかの展開にオレの思考は完全に停止して、代わりにオレの前から去って行く新宮の姿をただ茫然と眺めていた。ぱたんと扉が閉まる音がやけに大きく聞こえて。そしてオレは彼女と2人っきりにされてしまった。
新宮、一体何のつもりぃ~?
小野瀬、大混乱!
みなさまのご訪問感謝です!!
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とももさんじゃないですかっ‼︎
まさかこんなところへお越しいただけるとは
すごくすごく嬉しいです
せっかく『楽しみにしてる』とのお言葉なのに
しばらくお休みすることに決めちゃいました
自分が残念すぎます。
ほのぼのパートが終わって、
話はこれからですから。
内容を忘れられないうちに復帰できるよう
しばらくお時間をいただきます。
コメントありがとうございました。
…でも実は、『たとえ勇者じゃなくても』読ませていただいてます!
ほのぼのな感じで少しずつお互いが気になるようになるのかな~と思っていたら…
あらら!そんなのんきな状況じゃなくなってきた!?
すごく先が気になってます!!
これからも応援してます!!ヾ(*´∀`*)ノ