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想いの行方 2


 すみません、お話の都合上ちょっと短めです m(_ _)m





 その日を始まりに、オレの放課後は音楽室で過ごすのが日課になった。
 最初のうちは教室から締め出そうとしていた彼も、毎日相手をするのが面倒になったのか今じゃすっかり諦めたようだ。そんなことに労力を割くよりはオレの存在自体を無視することにしたのだろう。それを良い事にオレは音楽室に通いつめ、気の済むまで彼の奏でるピアノを堪能する。相変わらず誰の作曲でなんていう曲名かはわからないけれど、そんなことを知らなくてもオレは充分満足だった。それに先輩の練習を邪魔はしないという約束だったから、交わす会話もほとんどない。
 だけど、少しくらい自分に興味を持ってくれてもいいんじゃないか?
 こちらのことを気に留めるふうでもなく、ただ黙々とピアノを弾いている先輩をチラリと見て、そんなことを不満に思う。
 ここに通うようになってからもうすぐ2週間が経とうとしていた。それなのにいまだオレは彼から名前すら聞かれていない。彼からオレに用があるときは『おい』とか『お前』とかそんな感じで呼ばれるんだけど、そんなことは本当に稀で。オレは彼の名前を知ってるっていうのに、なんだか不公平な気がしてならない。
 先輩の名前は須藤 七臣(すどう ななおみ)。この学園内には彼のファンなんかもいて、『音楽室の君』なんて密かに呼ばれているらしい。確かに外見はさほど悪くない。話し方はちょっと粗暴で取っつきにくいけど、基本的に性格は物静かだし、無駄におしゃべりでもない。それに、彼がピアノを弾いている姿は、なんというか格好良くて色気がある……なんてことをこっそり思ってたりするのはオレだけの秘密だ。

「……あ、この曲……」

 聞き覚えのあるメロディに、オレは現実へと引き戻された。

「エリーゼのために、だっけ……?」

 疎いオレですら知ってる。オルゴールなんかでもよく耳にする明るい感じのフレーズ。と言っても最初の方しか知らない。いつものように耳を傾けようとした時、曲調は突然ガラリと変わった。押し迫ってくるような低音が単調に鳴り響き、不安を助長する高音の旋律。そして高みへと昇っていき頂点に達したと思ったら今度は転げ落ちていくかのような……。
 突如として胸が押しつぶされそうな辛さを感じて、オレは演奏中の先輩を見つめた。ピアノに向かっている時の真剣な眼差しはいつもと変わらない。だけど何かが違う。先輩が生み出す音のひとつひとつがオレの胸を締めつける。
 苦しくて、悲しくて……切ない……?
 何の根拠もなくそう思った時だった。

「お前……なんだ? 泣いて、るのか?」

 突然音が止まって、驚いたような先輩の声にビクンッと体が震えた。頬に手を遣って確認すると濡れた感触がして自分でも呆然とする。

「えっ……なんで? どうして……」 

「それはこっちのセリフだ……。本当に、何なんだ? お前……」

 不審気で不愉快そうな声が思ってたより近くから聞こえて、彼の手がオレへと伸びてきた気配に反射的に後ずさって躱していた。どうしてなのかわからないけれど触れられたくなくて、すかさず自分のカバンを掴むと反対の手の甲で涙を拭き取りながら、大急ぎで彼の横をすり抜ける。

「ごめ……、んなさい。オレ、今日は帰る……から」

「おい、……お前、待てよっ」

 引き止めようとする声がしたけれど、それを振り切って音楽室から逃げ出した。脇目もふらず階段を駆け下りると、1階まで一気に下ったところで足を止める。はぁはぁっと短く息を弾ませながら壁に寄り掛かると、そのまま廊下に座り込んでズキズキと痛みを訴える胸を押さえつけた。

「ワケわかんない……」

 とにかく、一刻も早くあの場所から立ち去らなきゃいけないような思いに駆られて、ただそれだけの理由で逃げ出した。すれ違いざまの先輩の顔を思い出して膝に顔を埋める。見間違いかも知れないけれど、一瞬寂しそうに見えて。それが残像の様に目の奥に焼き付いて離れなかった。



「なぁ、お前さぁ。最近音楽室に入り浸ってるって本当かよ?」

「ん? ああ……それが何?」

 それは昼休みのこと。一緒に食堂へ行った友人の1人が声を潜めてコソコソと話しかけてきた。別にそのことを隠しているわけではなかったから、オレは至って普通に返答するとその態度に呆れたようにため息をつかれた。

「ああって、お前……。よくあの先輩に受け入れられたもんだな」

「ん……、そうかな?」

 先輩に受け入れられたなんて思ってもない。オレがあまりにしつこかったから、それで仕方なく許されているだけのことだ。きっと今でも彼はオレがそのうち飽きて来なくなることを望んでるに違いない。

「ご本人には自覚がないってか? でもあの先輩って相当な人嫌いで有名だろ?」

「へぇ……そうなんだ」

 それは初耳。でもまぁ、言われてみれば確かにそうかもしれない。初めて会った時の迷惑そうな顔を頭に浮かべて、あれだけ愛想がなければ誰だって近寄りがたいはずだと思いなおすとオレはふっと笑みが零れるのを押さえられなかった。

「そうそう。それでも1年前には1人だけ、あの人が気を許す人がいたって」

「……ひとり?」

 あの先輩にそんな相手がいたなんて……。信じられないけれど1人だけっていう所が妙にリアルを感じさせて。一体どんな人物だったのか知りたいような知りたくないような、複雑な思いに駆られる。それでももっと詳しい話を聞かせろと身を乗り出して催促すると、それまで隣で話を聞いていた奴も会話に参戦してきた。

「あぁ、その話なら俺も知ってる。卒業しちゃってもういないんだろ? その人」

「そ。でもって卒業と同時にその先輩とも終了……それでずっと1人って」

「しかもその先輩を追っかけてこの学校に入学してきたって噂だぜ?」

「そこまでしても結局別れちゃうんだから、儚いよなぁ」

 2人は同情するかのようにため息交じりにそう言うと、今度は心配そうな顔をしてオレを覗き込んで来た。

「なんだよ? お前たち何が言いたいんだ?」

「いやいや……桜海(おうみ)だって充分可愛いんだから。気をつけろよな」

「はぁ?」

「一度フラれて痛い目を見てる男って、何するかわかんねぇだろ?」

「ばっ……バッカじゃねぇの? 何考えてんだよっ」

 ここは全寮制の男子校で、そんな特殊な環境だから同性との恋愛もこの学園内では珍しい事ではない。だからって相手にだって好みってものがあるわけで、多分誰でもいいはずはなく……というか。どうしてこいつらにそんな心配をされなきゃならないんだ?
 そう思うとフツフツと怒りが沸き起こってくる。

「心配してやってんだぜ? 可愛い桜海ちゃんがキズモノにならないようにさ」

「……んだよ可愛いって。大体そういう事言うなっ」

 2人が面白がってオレをからかっているのは丸分かりだ。いい加減にしろよとばかりに2人に蹴りを入れると、おどけて笑いながらオレから逃げていく。追いかけるわけでもなく彼らを見送ると、オレは不意に足を止めていた。
 先輩が練習もままならないこの学園に入学した理由。もしかして本当に好きな人を追いかけてきたんだろうか?
 そんなふうに思うとキリッと胸を鋭い痛みが走った。
 あの日、あの曲を聴いてからなんだかおかしい。前みたいに先輩のピアノを聴いていても心はどこか落ち着かなくて。彼の事ばかり目で追い掛けてしまう。

「どうしちゃったんだろ……オレ」

 疼きの残る胸を押さえて、オレは音楽室がある校舎を見上げた。
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